8月 112020
 

ついに待望のMSFSの最新作、MSFS2020が発売される。発売日は8月18日だということなので、あと1週間だ。いやあワクワクしてきたな。
今のところエミュでFF7をやっている真っ最中で、これがかなり面白い。今までFFは食わず嫌いで全くやったことがなかったが、ドラクエとかゼルダみたいなガキ臭いストーリーでなく、ちゃんと大人のプレイにも耐えられるような筋書きなため、やってて楽しい。20年以上前にこんなちゃんとしたRPGが日本にもあったんだな。
そしてFF7をクリアしたら、いよいよMSFS2020を買ってみようかな~と思案中だ。けど以前も書いたように、俺のPCはスペックがヘボい。CPUはともかく、メインメモリ8GBにVRAM2GBって・・・これじゃせっかくの美麗なグラフィックでは快適に動かないことは必須なので、どうしようかと考えている。メモリとグラボを換装するか、思い切って新しいPCを買うか・・・。前者なら数万円で済むが、後者だと20万コースだ。
今までコツコツ貯めてきた金にこないだの給付金を合わせれば、新PCも買えるっちゃあ買えるが、今のPCで特に不満がないし愛着もあるので、どうしよっかな~と迷っている。MSFS2020以外のものはみな快適に動いてるしな。
その他にも今はストレージにSATAのSSDを使っているので、できればM.2のSSDも欲しい。なんたってMSFS2020は、容量150GBというモンスター級のバカでかさを誇る最新ゲームだ。ストレージも高速な方が快適にプレイできるだろうし。てかうちのネット回線は光回線なのに、集合マンションだからか速度がイマイチなので、150GBダウンロードするのに何時間かかるか今から頭が痛いが。それにSSDも実質433GBしか容量がない古いやつなので、空き容量も心もとない。やはり1TBのM.2のSSDは魅力的だ。
とりあえず発売日が1週間後なので、ネットで充分にレビューを見て、必要とされるスペックがちゃんとわかってからどっちにするか決めようと思う。それまではFF7で楽しもう。
あ、そうそう、中国人作家が書いたSFの「三体」の続編を買ったよ。1巻は去年の暮に読んで非常に面白かったので、続編も期待だ。弟も読みたかったらしく、先日のうちでやった暑気払いの時に1巻を貸してやったらすごく喜んでいた。2巻は上下巻に分かれてて長そうだから迷ってたが、アマゾンのレビューで高評価だったので買ってしまった。しばらくはFF7と三体、この2つで楽しみつつ、MSFS2020の情報を集めてwktkしよう。

8月 052020
 

半年前までいかがでしたかブログの記事を書く内職をしていたが、書きながら「誰が見るんだこんなクソサイト」と思っていた。
本当にああいういかがでしたかブログは、クソの役にも立たない駄情報で埋め尽くされ、スキあらばSNSをベタベタ貼って、まあ頭の悪い誤タップ誘発サイトだな~と、書きながら嫌気が差していたので、お払い箱になった時は正直ホッとした。
そんでさっき、あのサイトは今どうなっているのだろうとふと思い、何気なく見てみた。そしたら、もう1ヶ月くらい新記事が無い。俺がお払い箱になったのは新しい書き手が見つかったからのようだったが、どうやらその書き手にも逃げられたらしい。そりゃそうだろ、カスみたいな低賃金でネット世界にゴミを撒き散らす仕事なんて、誰だってやりたくないし。
そのサイトの更新履歴を見てみると、5月末までは新記事が投稿されていたが、それ以降は10日に一度くらいのペースになり、その後は1ヶ月に一度になり、今ではもう最新記事が一ヶ月前のものだった。おそらく俺の次の書き手に3ヶ月で逃げられて、その後は例のクラウド○ークスで臨時の書き手を募集して書き繋がせているようだ。
ああざまあみろ。俺が自分の貴重な時間を浪費してまで嫌々書いていた記事々々、あれは実は今でもローカルに保存してあるのだが、あれだけ貢献してやったのにアッサリ俺を切り捨てるから後続の書き手にも逃げられるのだ。てか自分のサイトがゴミ以下のクズサイトだって気づけよな。マジでマトモなネットユーザーならおまえのサイトなんて見ないから。ハハハハ。
もしあのクズサイトの管理人が、俺に頭を下げて「もう一度書いて下さい」とお願いしてきたら、やぶさかではない。ただしその際、一記事の条件は同じで、単価は1500円はもらわないとな。それくらいの条件なら、もう一度書くことを考えてやってもいい。以前は一記事700円ぽっちしかよこさなかったが、1500円なら考えてやってもいいわ。それくらいでないとあんなくだらないサイトに注力したくないし。まあお願いしてこないだろうけど。
兎にも角にも、ゴミ以下のいかがでしたかブログの栄枯盛衰を見るようで、俺にとっては溜飲が下がった。一体今はどれだけ舐め腐った単価設定にしているのだろう。たった3ヶ月で逃げられるんだから、多分400円とかそんくらいしか出してないんじゃないかな。結果を求めているのに対価を払わない・・・。まったくクソ以下のいかがでしたかブログにふさわしい末路だ。このままGoogleの検索結果から弾かれてしまえ!ハハハハ。

7月 252020
 

「時(とき)は一直線である」――これは事実だろう。時間というものは、ただ一つのベクトルとして存在し、その方向は唯一つ、のはずである。もしこれが、平行世界とか時間逆行とかが存在するのであれば、それは四次元空間の存在云々という話になり、それは現代科学では解明されていないはずである。
では、現代の地球人類文明、これは果たして一直線に進化してきたと言えるだろうか?
通説や教科書的史観では、それに関して「YES」と言う。人類は数十万年前に生まれ、次第に文明を発展させ、石器時代から先史時代を経て歴史時代へと移行し、それが古代から中世やがて近世を経て近代現代へとストレートに発達してきた、と皆習うし、ほとんど全員はそう信じている。
しかし、インドのことを学べば、それに関して「違うんじゃないの」と思うことはいろいろある。俺個人の考えでは、人類文明というものは、何度かの滅亡を経て現在の状態になった、つまり発展したり衰亡したりという紆余曲折を経て今現在の文明に辿り着いたのではないか、という印象を持っている。
現にそういうことが書かれた書物というのはいっぱいあるわけで、かのプラトンがアトランティス大陸の存在について言及していたり、各地の古文書に古代文明や大陸について書かれた記述がいろいろあったり、まあ要するに有象無象の非公式な記録というのはいくらでも残っている。
またOut of Place Partsつまりオーパーツと呼ばれるもの、それは「かつては存在していた技術で(一時的に)失われてしまったもの」と言うべきだが、そういう「説明不可能な遺物や技術」というのもいっぱいある。それはインダス文明がそれそのもので、未だに説明がついていないし文字すら解読されていない。
何が言いたいかというと、世の中というのはそんなに単純じゃないし、単純だと考えることは間違いですよ、ということだ。未だ科学は万能ではなく、説明できないもの、読めない文字、そんなものはたくさんある。それなのにそういうものにみな蓋をして、人類文明はストレートに発展してきた、と考えるのは、愚の骨頂と言うかただのバカの思考である。
ちなみに「新世紀エヴァンゲリオン」の初代映画が公開された当時、バチカン教皇庁が「あの内容は正しい」という声明を出したが、あれはエヴァンゲリオンがバチカンの何らかの要請に基づいて作られたことを意味している。まあ天使の名前とか使徒の名前とかそういうのは適当だろうが、例えば「第3新東京市」というのは、「=現在の文明が人類の三度目の文明である」ということを言いたかったんじゃないのかな。他にもキール・ローレンツという人物の設定段階の名前がコンラート・ローレンツで、これは動物行動学の名著「ソロモンの指輪」の作者の名であり、そこから「ソロモン十字=鉤十字=ハーケンクロイツ」というわけで、結局あの映画はシオニズムについて暗喩したものではないか、という疑惑も沸いてくる。
まあエヴァンゲリオンの考察に関してはここでするつもりはないけれど、「現在の文明が三度目の文明だ」というのは、多分事実なんじゃないかな。世界中にある大洪水伝説というのも、地球の温暖化と寒冷化のサイクルで海岸線が前進と後退を繰り返し、沿岸部の文明が海底に沈んだことを表していると思うし。またインドの「マハーバーラタ」の大戦争が古代の核戦争を描写していると、原爆の父であるオッペンハイマー博士が述べたというのは有名だが、彼はユダヤ人だから古代の情報も持っていただろうし、多分事実なんだろう。バチカンとかユダヤ人は古代の前文明の知識や記憶も持っているだろうから、彼らが言うということは、おそらく事実だと思うね。それに地球は元々、地軸が5度傾いていたという話もあるし、その異変によってどこそこの文明が滅んだという記録も残っているし、まあ要するに地球人類文明が滅ぶような理由は色々あったんだと思う。
今回何が言いたかったのかと言うと、何にでも「法則性」というものがあるということ。一個人の人間の人生が「紆余曲折」を経て推移していく以上、その一個人の集合体である地球人類の築いた文明も、やはり紆余曲折を経て推移していくはずで、であれば時には滅んだり、再び勃興したり、そういうことがあるのは当然だと思う。
「ストレートに一直線に人類文明は発展してきた」というテーゼを正当化させるために、古代文明の生き残りであるアメリカインディアンを絶滅させようとしたり、頑なに前文明の痕跡に蓋をしようとしたり、そういうのは「現在の世界の支配者」が自分たちの支配を正当化させたいがための、いわば社会ダーウィニズム的な陰謀でもある。果たしてバチカンの「ファティマ第三の予言」とは、何を意味するのだろうか?

7月 162020
 

最近PCゲームを3つ買い、どれも「当たり」だった。「Call of Duty:World War Ⅱ」は、久々に面白いと思えるFPSで、バランスもテンポもストーリーも良く、マルチも結構楽しい。「EVERSPACE」というのは宇宙ものコンバットシムだが、短時間でちょっと遊ぶのにもいいし、なかなかの良品だ。「Age of Empire Ⅲ」は俺の好きな古めのRTSで、こないだまでやってたAoMみたいにサクサク攻略できるのがいい。Ⅱは難しくて途中で断念したけど、Ⅲは難易度も下がってメリハリがあるゲームシステムなので、当分楽しめそうだ。
これらをクリアするのにあと2ヶ月くらいは遊べそうなので、当分退屈しなさそうである。終わったらまたエミュでPS1版のFF7をやるか、PC-98のYU-NOをやってみる予定だ。PCゲーマーとしてしばらくゲームには困らない日々が続きそうである。
昔は語学に興味があったが最近は全然勉強してないな。南米にいた頃はスペイン語の勉強をしつつ英語でブログを書く、ということもやっていたが、今はもうどっちもほとんど覚えていない。一応辞書無しで南米を旅行するくらいのことは出来たのだが・・・ちょっとしたジョークを言ったり。今ではスペイン語の動詞の格変化とか全然忘れてしまったなあ。
俺は2年間南米にいたわりにはスペイン語は下手くそだった。けれど「コミュニケーションを取る」というのはよく出来てたほうで、英語とスペイン語をチャンポンにして喋ったりしてたけど(Yo quiero go to la casa of Che Guevara とか笑)、辞書も持たずにあちこちに行っていたものだ。今から勉強をし直して、TOEICとかスペイン語検定とか受けてみようかな?まあ外国語をマスターしても使う機会が無いんだけど・・・。
俺のいた国はパラグアイという国だが、ここは「南米の北朝鮮」みたいな国だった。日系人で偉い奴らはみんな広島の出身で、統一教会がJICAとつるんで何かをやっていたり、国境のあちこちに抜け道があったり。まあマトモな国ではなかったな。それは日本から来た人が皆言ってたことだったが。
どこの国でも同じかもしれないけど、あの国で旅行会社を経営してる奴には悪い奴が多く、日系人の旅行会社にも悪い奴がいて、金を横領したりしてて、実は俺も数千ドル巻き上げられた。
また韓国人のやってる旅行会社は、店舗の前で見せしめに奴隷みたいな人たちが座らされてたりしてた。その中の片手が動かなくなった女性は「私は昔いろんな男に言い寄られた。この腕輪はあの男に、この腕輪はあの男にもらったんだ。けどあいつは、私を鎖に繋いで鞭で打ったんだ!そのせいでもう片手が動かない」とか言っていた。俺はその女性に、持っていたビー玉をあげた。そして「元気出せよ」と言ったら、その女性はビー玉をまるで宝石のように見つめていた。・・・そんなこともあった。
あの韓国人旅行会社は怖すぎるので深入りはしない方がいいだろうが、その向かいには別の韓国人のやっているデスペンサ(雑貨屋)があって、そこの主人や奥さんは俺にとても良くしてくれた。そう、悪い朝鮮人だけではない。何人だからどうこうだというレイシスト的思考は間違いだ。俺がこういうことを言うと物凄く説得力があるということは、わかる者にはわかるだろうね。俺がヒトラーみたいな考えにならないのは、そういう良い人の存在をちゃんと知っているからだ。何でもステロタイプに考えることは間違っている。
あの国では大使館の人たちにもお世話になったし、悪い思い出ばかりではないのだが、果たして「行った意味はあったの?」と訊かれると・・・う~ん、多少の人生勉強にはなったかな、とは思うけど・・・。まあ逃げるように行った国だったから、万事後ろ向きだったことは否めないな。
「後ろ向き」、これは俺の人生にとって常に付きまとう問題だ。痩せたいという願望もかつて超男前だった時代に戻りたいという後ろ向き思考、大学受験をやり直したいというのも学歴コンプから来る後ろ向き思考、それに卒論指導をちゃんと受けたいというのも卒業してるのに抱く後ろ向き思考だ。何というか「前に進む」という発想が無いよな、俺って。それは「他人の足を引っ張る」というゴミどもが存在する故仕方のないことではあるが。日本人はなぜ他人の足を引っ張ることは超一流なのだろう。だから俺は他人と関わりたくないのだ。
ビー玉をあげたあの女性は、その後どうなったかな。あそこから解放されて幸せになっただろうか。他人の幸せを気にしてる場合じゃないけど、ふと気になってしまった。

7月 042020
 

俺はいわゆる「社会人」ではない。つまり、一般的な通念では、俺は社会の一員ではないとされている。
けれど俺は、この「社会」という考え方が大っ嫌いだ。何よ、「社会」って?仕事をしていない人間は社会の一員ではない?ふざけんな。社会ってのは落ちこぼれも無職も含めての概念だろうが。たかが仕事をしていないだけで、人間世界の一員ではないみたいな通念、こんなのはクソくらえだ。
例えば、インドという国がある。あの国にはカースト制度があって、非常に様々な職種に就いている者がいて、もちろん職に就けない者もいる。しかし皆、インドという国を構成する一員である。
もし「仕事に就いていない者は、社会の一員ではない」のなら、それはつまり「=一定の条件をみなしていない者は、社会の一員ではない」ということであり、であればそれは差別主義者の考え方だ。
インドには、糞の汲み取りしかやらせてもらえない者や、獣の屠殺しかやらせてもらえない者、ネズミを喰らっている者、両腕を切り落とされて乞食をさせられている者、そういう人間以下の生活をしている人間たちが大勢存在する。しかし全員、インドという社会を構成する一員である。そういう最底辺の人間も含めての「社会」である。もし「一定の条件をみなしていない者は、社会の一員ではない」のなら、インドのそういう人間たちはインドという社会の一員ではない、ということになる。しかし実際にはそんなことはない。
日本には、口先だけ「自由」とか「平等」という言葉を発する者に限って、こういうことがわかっておらず、差別主義的な考え方を持っている奴がいっぱいいる。俺の親戚にもそういう奴がいて、そいつは同和や在日のシンパなのだが、以前インドに行きたいとか言っていた。「インドには被差別部落の人たちみたいな人がたくさんいて~」とそいつは語っていたが、そいつは俺に対して、やれ「早く社会に戻りたければ」とか「早く『社会』に戻れるといいね」とか文章を送ってくる。
こういう奴は同和と在日みたいな差別主義者のクズどもにシンパシーを感じているので、本当の自由や平等というものがわかっていない。だからわざわざ、俺のような落伍者に対し「おまえは社会の一員ではない」ということを言ってくる。要するに、いくらインドに行きたいとか抜かしていても、インド社会のことを真剣に考えたことがないのである。
こいつのように「仕事をしていない人間は社会の一員ではない」という考え方であれば、それは「一定の条件をみなしていない者は、社会の一員ではない」という考え方と同義なので、それはつまり「=インドで糞の汲み取りをやっている人間は、人間ではない」と同じ考え方である。そう、こういうエセ平等主義者こそが、実際には真の差別主義者なのである。こういう奴がエスタブとして偉そうにしているから、日本は差別主義国家であり人権後進国家なのである。まあ死ぬまで治らないだろうが。
俺たちのような落伍者も含めての「社会」である。別に積極的に世間との関わりを断つ人間などいない。引きこもりにしても、落ちこぼれにしても、いろ~んな理由があってやっているのだ。好きでこんな生活になったわけではない。それは、インドでアウトカーストの人間たちが好きでそんな生活をしているわけではないのと同じである。何が「社会」か。だから俺は、働いていれば社会の一員だ、働いていない奴はそうではない、という考え方が死ぬほど嫌いだ。まあ日本人はろくに自問自答もしないバカが多いし、右に習えの国民性だから、俺がこんなことを言っても一笑に付されるだろうがね。

6月 302020
 

雨が降っている。しとしとと。すっかり梅雨になり、空は曇天が覆い尽くしている。
こういう日は外に出ずとも引け目を感じないで済むので、引きこもりにはありがたい。湿気が高いのでクーラーを点け、部屋に引きこもってネット&音楽三昧。
最近Steamのセールだったので、2本ゲームを買った。それはいいのだが、FPSの方はとにかく酔う。最近のゲームは酔わなくなったと思ったが、これは酷い酔い方だ。1時間やっただけで頭痛がしてくる。これはクリアするまで時間がかかりそうだな・・・。
齢40も半ばになると、性欲が徐々に減退してきたのか、オ○ニーの回数が減ってきたような気がする。毎年季節の変わり目には性欲が減退するのだが、最近は暑くなってしばらく経ってもまだ性欲が回復しない。ダイエットが成功したらご褒美にヘルスかソープに行こうと思っていたのだが、このままでは風俗にも行けないままで打ち止めになってしまいそうだ・・・。
そんな暗い話題ばかりではなく、明るい話題といえば、ようやく歯医者が終わりそうだということ。一昨年の暮れからず~っと通っているが、もうそろそろ終わりそうだ。
歯医者は終わるからいいとして、カラダの方が大丈夫なのか、そっちも気になる。俺は無職ゆえ健康診断を受けておらず、自分では健康なつもりでも、検査をしてみたら異常があちこちに出そうな気がして正直怖い。現在自覚のある異常といえば、せいぜい肋間神経痛と腰痛くらいで、これはまあいい。心配なのは糖尿病や脳梗塞にならないか、ということだ。うちは糖尿の家系なので、ピザっている俺は油断すると発症しそうだ。
実は数年前に糖尿病になりかけたのだが、その後摂生したので症状は回復していた。一応今年の始めに「自宅でできる糖尿病検査キット」というのを使って検査したところ「まだ大丈夫」と出たので一安心したが、いい加減ダイエットを達成できないと、本当に糖尿病になりそうで怖い。
そういうわけで今年こそ95kgまで痩せなければ・・・!そして風俗へ行こう!今年も早くも半分過ぎてしまったが、まだ諦めないよ俺は。

6月 052020
 

はあああぁぁぁ・・・。いかがでしたかブログの内職が終わり、何もしていない今日この頃。さすがに何もしていないのはマズいし、そもそも暇で仕方がないので、また何か内職を見つけねばならないと思っている。
しかし正直、いかがでしたかブログの記事を書くのはもう嫌だ。書きながらずーっと「こんなことやりたくねぇ」と思いながら仕事してたし、大体どれだけ文章を書いても文章力が向上したとも思えないし、何かスキルや知識が身についたとも思えない。ホントあの1年数カ月は何だったんだろう・・・と往時を振り返る俺だ。まあカーチャソに少しだけ渡せるのは良かったけど、それだけだったな、ホントに。
数年前から本をたくさん読んでるから、自分で小説でも書いてみようかとも思うけど、書きたいネタがない。俺はブログでくだらないことをツラツラ書き連ねるのは出来ても、創造性や発想力にはとんと乏しい。「小説家になろう」でちょっとだけ書いてみた小説もどきもずっと筆が止まってるし・・・。嗚呼、俺はなぜもっとクリエイティビティに富んだ人間に生まれてこなかったのか、こればっかりは神様に文句を言っても仕方がないので、諦めるしかない。
というか、どんなにすごい作家でも、俺くらいの年齢になると傑作というのは書けていないような気がする。やはり作家が傑作を書ける年齢というのは、せいぜい30代までではないだろうか。かの筒井康隆でも40歳になる頃には駄作しか書けていなかったし、40代半ばのほぼ初老男が今から創作活動をしてもろくなものは書けないのではなかろうか。
思えば10年ちょっと前、30代前半だった俺は、このブログの上部から読める古代史関連の文章を書いていた。今ではあんな情熱もないし、同じ文章を書けと言われてももう書けないような気がするが、今にして思えば、30代であれだけの内容を書けたのはちょっとしたもんだったと思う。あの時点で勉強をもっとして、歴史に関する知識を深めれば、今頃大したものになれていたかもしれないのに・・・。全ては社会が、世の中が悪いのだ。
こうして俺は更なるルサンチマンに陥る。
でも考えようによっては、20代の頃から傑作を残している作家は40代で才能が枯渇しているのかもしれないし、それなら俺はまだ何もしていない状態なので、才能は枯れようがなく今からでも何か書けるかもしれない・・・!よね。
何となく定期的にやってくる「作家になりたい病」がまた再燃しただけのような気もするが、また小説を書いてみようかな。適当にラノベを探して読んでみると、すごくくだらない内容のものも少なくないし、そんな風に「一冊だけでも本を出す」ことを目標にしてみるのも良いかもしれないな。それは俺が「生きた証」になるんだし。
散々俺をコケにした高校や大学の連中だって、作家になった奴なんていないし、本を出した奴なんていないのだ。それを考えれば、もし俺が一冊だけでも本を出したら、俺の勝ちみたいなものだ。
おお、何となくやる気が出てきたぞ。とりあえずしばらく頭を冷やして、ちょっとストーリーを考えてみよう。人生之万事塞翁が馬。