古代史関連

 

私が以前運営していたホームページで公開していた古代史に関する文章を、以下に転載しておく。
これらの内容は非常に重要な真実を含んでいると思われ、消してしまうにはもったいないからだ。
私の大学時代からのウン年の成果でもあるので、ここに転載しておく。
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① 三重構造モデル

■二重構造モデルの欠点
「二重構造モデル」という学説がある。これは故・埴原和郎氏が提唱した説で、主に形質人類学的な視点から、日本人のルーツについて考察したものである。彼は日本列島の古人骨の形質を調べ、次のようにまとめた。『古代の日本に、まず東南アジアから(海路で?)中国へ北上してきた南方系モンゴロイドが、朝鮮半島を経由して日本に渡来し「第一層」となり、その後北方系モンゴロイドが朝鮮半島を経由して日本に渡来し「第二層」になった。』…というものである。この説は非常に有名なので検索すればいろいろ出てくるかと思う。
しかし私は、この説は中途半端だと考える。理由は、
①元々日本に住んでいた人々のことを考えていない=「第一層」渡来以前に日本列島に住んでいた人々のことを考慮していない
②神話学や神社神道のことなどを考慮していない
③何らかの作為的な意図が感じられる気がする
といったことである。渡来系の人間たちが日本のマジョリティであるというのは正しいと思うが、それが100%だというのは明らかにおかしいと思う。よって今回、自分なりにこの考え方を補足してみたい。

■二重ならぬ三重構造モデル
私は埴原氏の二重構造モデルを補足して考えたが、二重構造ではなく三重構造モデルという方が正確だと思う。
まず日本には、渡来系民族以前に「原日本人」たる原住民がいたはずであり、その人々はアラハバキを祀っていたと思われる。手塚治虫の「火の鳥」でも描かれている通り、元々日本には太陽崇拝・大地母神崇拝のアラハバキを祀る人たちが日本列島全土に住んでいたと思われ、そこではアラハバキを太陽神として崇める風習があり、その都は出雲にあったはずである。もちろん他の原住民もいただろうが、それが「土蜘蛛」だったりする可能性もある。私はこれが「第一層」だったと思う。
そこに、朝鮮を経由して、「第二層」が入ってくる。私はこれが秦氏(を中心とする渡来人)だったと思う。秦氏の詳細に関しては別の機会に譲りたいと思うが、この第二層の秦氏が、新羅仏教を持って九州の宇佐つまり国東半島に渡来してきたはずである。そして宇佐を拠点にして、いわゆる「秦王国」を作る。むしろ「前期秦王国」という感じだろうか。後述するが、秦王国は後に移動するからである。
秦氏は宇佐を拠点にして、南北に伸張していく。まず南だが、九州はもちろんのこと、さらに南の沖縄まで勢力を拡大したと思う。当然この過程では、原日本人であるアラハバキ崇拝の人たちと争いになる。アラハバキ崇拝の人たちは主に北方へ逃れていく。秦氏は沖縄まで征服し、原住民の人たちを征服して奴隷にしたのが、現在まで残る「家人(ヤンチュウ)」だろう。
一方、北へ伸張した秦氏は、まずアラハバキ崇拝の人々の都である出雲を陥落させる。それが、「スサノヲのヤマタノオロチ退治」の原型である。スサノヲは朝鮮と関連があり、渡来人である秦氏の主神であるといって差し支えないからだ。彼らが出雲の原日本人を陥落させた事実が「蛇を退治する神話」として記録されたのであり、出雲国風土記にこの話が載っていないのは、出雲人にとっては不名誉な話だからだろう。出雲を征服すると秦氏は拠点をそちらに移す。そうすると、現在の島根県・鳥取県~広島県・岡山県の一帯の広大な地域が秦氏の拠点になる。それがいわゆる「秦王国」、もっと言えば「後期秦王国」である。
秦氏はさらに勢力を広げていき、やがてアラハバキ崇拝の人々は東北まで逃げ、蝦夷になったと思う。「出雲でズーズー弁が話されている」とよく言われ、松本清張の「砂の器」はそれをモチーフにした作品だが、出雲人が北日本へ移動したからだろう。蝦夷を「毛人」と書くが、「家人」「毛人」ともに「けにん」と読め、同じ人たちだと思われる。意味は「外人」「下人」だろうか。この人たちはアラハバキ崇拝を持っているから、北方に逃げる際、アラハバキ神社を作りながら逃げて行く。秦氏はそれを追いかけて征服していき、征服したアラハバキ神社に自分達の祭神であるスサノヲを祀って行く。そのため東日本ではアラハバキとスサノヲが合祀されているケースが多いのだと思われる。共に「客人神」の性質を持っている。
そして日本を征服した「秦氏を中心とする渡来人たち」は日本の支配層になるが、そこに「第三層」の北方系モンゴロイドが渡来してくる。これが天孫族≒天皇家であり、彼らが渡来した際に秦氏から天孫族に権力の委譲が起こる。それが「国譲り」だろう。
埴原氏の説では、彼らは日本列島の真ん中辺りつまり畿内地方に渡来し、その結果その前の層が南北に分断されたとなっているが、彼はそれを「北端と南端の骨の形質が近似している」ことや「アイヌと沖縄人が外見的に近似している」ことなどを理由に挙げている。私がこの説を補足するというのは、要するに第一層(原日本人)が第二層(秦氏等の渡来人)に征服され南北に追いやられ、その後に第三層(天孫族)が渡来したと考えたいということである。よって南北に追いやられた第一層がアイヌと沖縄人(毛人と家人)であり、彼らが似ているのは当然であろう。

■補足
「出雲に鉄器文化があった」と言うが、これはアラハバキ崇拝の人々のものではなく、その後ここを拠点にした秦氏のものだっただろう。「荒神谷」という場所、つまりスサノヲにゆかりのある場所から鉄剣が見つかっていることからもそれは明らかである。
あまり知られていないが、国東半島のある郷土館に「紀元前三世紀の鉄剣」が保存展示されているといわれ、これはC14で測定した結果得られた年代だそうだが、九州大学の研究班が当地の産鉄民か何かに案内されて発見したという話である。どこまで信憑性があるのかはわからないが、事実であれば大変興味深い。国東半島には「東光寺」があり、東光教は被差別民と関連がある。また国東の古い地名には、仏教以外のインドに関連する名称も存在するようである。
有名な話に「他の場所で神無月である時期に出雲だけは神有月である」というのがあるが、出雲に神が集まっていた以上そこが都であったわけで、それが何時なのかは、原日本人時代なのか秦氏時代なのかということである。宇佐八幡宮も古来非常な権力を持っていたし、要するに都の変遷というのはあったはずである。
また国譲りといえばサルタヒコだが、秦氏がそれだと考えると、秦氏はHATAだから、HとSは転訛するのでSATAになり、それに「佐田」大神という漢字を当て、そこから「猿田」彦と漢字の当て字が変わっていったと考えられる。「猿=顔の赤い動物」であるが、猿田彦の外観はいわゆる「天狗」によく似ている。手塚治虫の「火の鳥」にも同様のモチーフが出てくる。天孫族≒天皇家の道案内をしたのならそのファミリーの一員に入っていても不思議ではない。
スサノヲは国津神に分類されるが、もし日本民族が三つの層から成るならば、第一層がアラハバキ・第二層が国津神・第三層が天津神であって、国津神といっても日本古来からの土着の神とは必ずしもいえないだろう。スサノヲが新羅や朝鮮と関連があることは有名だし、原日本人の中にも渡来人の側についた者はいたはずだからである。
アラハバキ崇拝の人々以外にも日本にはいろいろな種類の原住民がいただろうし、その中には秦氏の側についた者もいただろう。そういう連中の子孫がいわゆる「サンカ」になったりしたのではないかとも考えられる。有名な三角寛の報告によると、「サンカの集団は神武東征の際に彼らの配下についた」とか「天孫族は鉄器を所有していたので、まつろわぬ民たちは皆負けてしまった」とかいう伝承も残っているらしい。そういった類の本によると「サンカは自在鉤を持ち、ウメガイという両刀の短刀を所持している」とのことだが、福岡市の大宰府天満宮は「梅が枝餅」が名物で、梅干の種を割ると天神様が入っていて、参道には無数の牛の像がある。そこで祀られているのは大自在天であるが、自在天はシヴァのことである。彼らが短刀を所持しているのは製鉄との関連によるものだという。また国譲りのオオクニヌシは大黒天と同じで、大黒天もシヴァである。
スサノヲとシヴァが対応するという説はよく聞かれるが、スサノヲは言うまでもなく「高天原ファミリーにおける厄介者」であり「高天原ファミリー一の荒くれ者」であるが、もしそんな奴がいたらガードマンにするのが最適だろう。伊勢神宮の宮司の苗字にも「荒」がつき、他にもそういう者は要所要所に存在するようである。
原日本人つまりアラハバキ崇拝の人たちは「アラハバキ=太陽神」として「太陽=男」だと見なしていたと思うが、秦氏・天皇家は太陽を「アマテラス=女神」と見なす。これが「アマテラスは元々男神だった」ということだと思われる。つまり日本においても古代には太陽神は元々男神だったということだ。
日本の古語で「蛇」は「ハハ・カカ・カガ」であり、つまり「女=蛇」であった。「アラハバキ」には幾つかの漢字の当て方があるが、もし「荒蛇斬」であるならば、「荒ぶる蛇を斬った」神であり、「荒」が付くため「荒神」と混同する者がいるが、荒ぶっていたのは蛇でそれを斬ったわけだから、荒神つまりスサノヲとは対立する立場のはずである。

■日猶同祖論との関係
私は日猶同祖論に肯定的な考えを持っている。スサノヲはバールと対応・関連すると思うし、天皇家や秦氏もイスラエル12支族との関連があると思っている。これに関しては星の数ほどの人間が相当昔から論じてきて、その中には学問的な権威が伴っている者も存在する。このようなことに正当性を感じていても公言するのを避けている人間は、正当な機関にも少なからずいるはずである。もちろん日本とイスラエルだけの関係であるはずが無く、世界各地にその要素が存在する以上局所的に考えるべきではない。
例えばバールは牛神だが、秦氏の執り行うマダラ(マタラ)祭が牛祭であり、その被る面がサルタヒコであることやスサノヲと同一視されること、またヒルコ神話とモーセの関連など、枚挙に暇が無い。しかしこれらに関しては別の機会に譲りたい。
 

② インドの太陽信仰と月信仰

■インドにおける太陽信仰と月信仰の対立
インドにおいて太陽信仰と月信仰の対立が見られるのは、まず古代の十六大国時代である。この時代に「各国が太陽信仰側と月信仰側に分かれて争っていた」ということが言われているが、どこまで詳細が判明しているかはわからない。
アーリア人は元々ユーラシア大陸の中央部に居住していて、南下した者がイラン・アーリア人とインド・アーリア人になったというのが定説である。「アーリア」というのは「高貴な」という意味で、ナチズムがこの言葉を盛んに使用したため、現在では印欧語族という呼称が採られることが多い。イランという国名はアーリアンという言葉に由来するというのはよく知られている。アーリア人がインドに来た後に十六大国時代になり、その後結局アーリア人がインドを支配しているから、「アーリア人の側の信仰」がインドの支配原理になったわけである。

ではアーリア人は太陽と月どちらの側であったのか。インドの三大神として、ヴィシュヌ・シヴァ・ブラフマーの名がよく挙げられる。しかし実際にはブラフマーはその名の通りただのバラモンの神で、現在の存在意義を考えても、ヴィシュヌとシヴァが二大神と言ってしまってよいだろう。ヴィシュヌを描いた絵を見ると肌の色が白く、シヴァを描いた絵は肌の色が黒いが、ではどちらがどちらの、つまりどちらがアーリアンの神でどちらが土着の人々の神だったのか。
ヴィシュヌは太陽神であり、その化身としてクリシュナやラーマなど、とても人気の高い神を取り込んでいる。ブッダ(というより仏教の開祖のゴータマ)も化身の一人だが、ヴィシュヌ教の中での存在は否定的なものらしい。クリシュナの別名がダーサ(奴隷)で、クリシュナもラーマも当然土着の神である以上、本来ヴィシュヌはアーリアンの神とは呼べない。ではシヴァであるが、別名がソーマナータ=月の主であるから、当然月神である。仏教に「天部」というのがあり、「天」=DEVAで、ヒンドゥーの神が仏教に取り入れられて「~天」という名になったものである。この中にはインドの主要神はほぼ取り入れられているが、クリシュナとヴィシュヌは入っていない。この両者は太陽神であるから、それが取り入れられないのは仏教が(元々)月信仰側の思想だからである。もっと言えば、DEVAは「神」と訳されるが正確には「アーリア人にとっての神」であり、普遍的な神ではない。よって、ヴィシュヌと特にクリシュナはDEVAではない。彼らは土着系の神だからである。結局アーリア人が月信仰であり土着の人々が太陽信仰であるため、アーリアンによる思想であるバラモン教や仏教は月信仰で、それ故クリシュナやヴィシュヌのような太陽神は除外された、といえる。

ではシヴァがアーリア人の神だと断定してよいかというと、それは即断しがたい。基本的にシヴァにはアーリアンの要素と土着系の要素が混在しており、確かに月神ではあるが、どちらの側だと明確には判断しがたい。シヴァにはいろいろなシンボルが付随している。「月(三日月)・牛(角)・蛇・三叉矛・第三の目」である。よく考えるとこれらは現在世界中でばらばらになっている要素であって、それらが全て集合している。例えばこれらのシンボルの各々を持っている各部族の部族集合体の神だったのか、それはよくわからない。現在これらの要素が世界でばらばらになっているのなら、インドから皆出て行ったと考えることも出来るが、その確証はどこにも無い。肌の色はこの際重要ではない。ヴィシュヌは白くシヴァは黒いが、シヴァは体に火葬場の灰を塗っているため、塗らなかったら白いのかもしれない。アーリア人がインドを支配している以上、善なる存在が肌が白く悪なる存在が肌が黒くないと困るのは当然であろう。アーリア人の肌は白いからだ。
普通に考えるなら、元々インドには土着の人々しかいなかったわけで、そこにアーリア人が南下してやって来る。月信仰を持ったアーリア人が太陽信仰を持った土着の人々と争いになる。土着の人々の中にはアーリア人の側に付く者もいただろう。そして太陽信仰と月信仰の側に分かれて争った結果、月信仰の側が勝利し、太陽信仰の人々は最下層に落とされる。ガンジーがインドのアウトカーストのことを「ハリジャン」と呼び、「ハリジャン=神の子」と訳されるが、これは正確ではない。「ハリ」はヴィシュヌ・クリシュナの意味であって、正確には「クリシュナの子」という意味である。よって単純に考えればアウトカーストというのは古代の太陽信仰の人々の末裔なのかもしれないが、それを証明する手段は今のところ無い。

■クル族について
よく本屋へ行くと、古代の超文明とかに関する本が売っているが、不思議なほどインド特にクル族に言及しているケースが多いように思う。十六大国時代にクルという国があり、「クル」は「kuru」である。よく知られている「マハーバーラタ」の中心となる部族である。マハーバーラタにクリシュナが登場し、バガヴァットを説くことは非常に有名で、キリスト教の世界でもクリシュナやバガヴァットの存在はよく知られているようである。しかし多くの人が誤解しているが、クル族とクリシュナは基本的には関係が無い。関係が無いというのは正確ではなく、「クリシュナ=クル族側の神」とは言えない、ということである。
クルはkuruと書くが、今現在は「cr」と書くべきであろう。英単語のcrescent、crazy、crimson、crashなどは、全て彼らに由来する。よって月信仰側の存在であり、クリシュナと同じ側ではありえない。シヴァの職能は破壊=crashで、ブラフマーの職能は創造=create(creation)であるが、「クルの灰」と書いて破壊であるのは面白い。
要するにシヴァがどちらの種族系統の神か判断しがたいのと同じで、クル族もどちらの系統かは判断しがたい。現在英語で「キリスト」と書く際にはchristと書き、hの字が入っているが、これがなんらかの作為や恣意によるものかは各自で考えればよいだろう。
 

③ インドに来たのか、インドから出て行ったのか

■インドラとシヴァ
元々アーリア人つまり印欧語族はユーラシア大陸の中央付近にいて、そこから西へ向かった者がヨーロッパ人となり、南へ向かった者がイラン人やインド人になった、というのが定説である。「インド=ヨーロッパ語族」であるから、インド人とヨーロッパ人が同じ語族だということであり、よく知られている。印欧語族が移動を始めた時期にヒッタイトが消滅し、彼らが印欧語族系であったため、なんらかの関係があるのではないかという説があるが、明確にはなっていないようである。
サンスクリットで「神」はDEVAで、ラテン語ではDEUSであるが、これは印欧祖語の語根「DE」からきている。「DE=天」であり、よって神は天に居るという考えである。南下したアーリア人にとって、最初の主神はインドラだったが、彼はやがて「侮蔑され、呪われ、唾を吐きかけられる」ような存在へと降下し、その存在は非常に矮小なものになってしまう。その後アーリア人の主神として台頭するのがシヴァで、現在はインドの二大神の一人である。
インドラとシヴァは似た特徴を少なからず持っており、暴風雨神の性格を持ち、金剛杵を持ち、髪も肌も茶褐色であるなど、片方がもう片方へ進化したような感がある。有名なインダス遺跡には原初のシヴァ崇拝の痕跡があるといわれるが、インダス文明が誰の手によるものか判明しない以上、これをそうだと断定はし難い。アフリカ大陸の東にあるマダガスカル島は言語区分でインドと同じであるが、古代のシヴァ崇拝の痕跡が残っている。つまりインドからアフリカ東岸まで航海した古代の人々がいたわけだが、こういったことがどの程度の範囲で行われていたかはわからない。
インドラ崇拝とシヴァ崇拝が同居していた時期があったかどうかは私は知らない。インドラ=帝釈天であり、シヴァ=自在天・大黒天であるが、「帝釈天」は読んで字の如く「釈の帝たる天」であり、釈は釈迦の一字で、釈放と解放は同義である。日本の出雲におけるスサノヲとオオクニヌシが「スサノヲ→オオクニヌシ」の方向であるから、オオクニヌシが大黒天であり「インドラ→シヴァ」の方向であれば、インドラ=スサノヲといえるかもしれない。

■不思議と似ているもの
アーリア人が月信仰であったことは否定のしようが無いと思われるのでそれを前提とすると、「DEVA=月神」ということになる。であれば共通のルーツを持つヨーロッパ人の神も月神ということになり、「DEUS=月神」となってしまう。英語の「悪魔」つまり「DEVIL」の語源はラテン語の「DIABOLO(S)」だが、語幹の部分でサンスクリットの「DEVA」と対応している。もしアーリア人の神が月神だったら、それが悪魔の語源になっても不思議ではない。だがもしそうであれば、ラテン語のDEUSも悪魔になり、そこから派生した「神」を表す語は、全て悪魔を意味することになってしまう(ちなみにサンスクリットで「牛」は「GO」である)。ジプシーは元々インドにいた印欧語族だと言われているが、彼らの言葉で「神」は「DEVEL」である。つまりDEVAとDEVILの中間の段階である。
シヴァのシンボルの一つに「三叉矛」があるが、これはヨーロッパの悪魔が必ず持っているシンボルである。月神であるシヴァのシンボルを悪魔が携えているのは何故か。三叉矛は世界各地の神話によく登場し、「神が水の中の龍を三叉矛で刺し殺した」というモチーフはあちこちにある。インドにおけるその神話を見ると、結局「龍=牛」になっているが、これが極端な話バール崇拝とどう繋がるのかはわからない。「バラモン=バール・アモン(=天のバール)」だとしたら大変面白いが、これを論じた人を私は知らない。インダス文明における原初のシヴァ崇拝の痕跡を見ると「角の付いた仮面を被ったシャーマン」の図像があるそうだが、これらが全て繋がり「龍≒牛≒邪悪の象徴≒バール」であり世界の悪が一つの根源に収束するなら一大転換だろう。

■S→Hか、H→Sか
インドにおいてアーリア人は上層、土着の人々は下層であるが、当然バラモンはアーリアンである。アウトカーストを除く4つのカーストの最下層はシュードラで、「奴隷」と訳される。奴隷であるから当然御主人様がいるわけで、それはもちろん最上位のカーストである。「バラモンは白く、クシャトリヤは赤く、ヴァイシャは黄色く、シュードラは黒い」という言葉があるが、バラモン教はバラモンの宗教、仏教の開祖のゴータマはクシャトリヤの出身であった。アウトカーストはチャンダーラと呼ばれるが、その下に更にプツクサという最下層があるともいわれる。
インドにアーリア人が南下してきてインドを征服し、カーストを成立させると、バラモン教が存在する状態で仏教が新しく生まれ、両者は対立する。DEVAとASURAは元々仲が良かったが、結局仲違いする。ASURAはどこかへ行ってしまう。ゾロアスター教のアフラマズダの「アフラ」がアスラと同じであることは有名だが、今現在はアフラがアスラになった、つまりアーリア人が南下してきてイランを通りインドへ向かう際に、アフラ→アスラに転訛した、ということになっている。つまり「H→S」という変化をしたことになっている。
ここで少し考えたいが、「H→S」つまりアーリア人はインドに「来た」のか、それとも「S→H」つまりアーリア人はインドから「出て行った」のか。これを考えると多分に象徴的である。

もし「H→S」つまり現在の定説通りなら、
・火から死になる。つまり拝火的である。
・HE→SHEであるから、アダムからエヴァが産まれたという聖書の記述と一致する。
・HITO→SITOであるから、人が神に近づこうという発想に近い。

もし「S→H」つまりインドから皆出て行ったのなら、
・死から火になる。つまり手塚治虫の「火の鳥」のモチーフと同じである。
・SHE→HEであるから、女から男が生まれるという自然の摂理通りである。
・SITO→HITOであるから、元々人類は神の傍に居た存在だといえる。

海はSEAで太陽は日つまりHEだから、海から太陽が昇るというのは、S→Hであり、母なる海の母体から生まれた太陽が男だということになる。海でなく大地が女でも同じで、大地母神の胎内から男が生まれてまた胎内に戻る。太陽神は男神に決まっているから、大地は女=SHEで、死ねば大地に埋める。アダムとは「土」という意味である。日本の太陽神はアマテラスであるが、「アマテラスは元々男神だった」という説があり、もしそうなら日本においても古代の太陽神は男だったことになる。つまり古層とその上から被さった新しい層がどこにでもあって、古層はどこでも共通していることになる。
インドに話を戻すと、高位カーストであるアーリア人がDEVAだから、彼らが御主人様となり奴隷を引き連れる。奴隷=SYUDRAであるがSはHに変わるのでシュードラはHYUDRAであり、ヒュドラつまりヒドラである。そうするとシュードラというカーストは魔物の群れということになり、その主神であるガネーシャが魔物の主であるのは当然である。
余談であるが、ガネーシャはシヴァの息子であり、シヴァの別名は「パシュパティ=獣の主」である。「獣」という漢字は「ジュウ」とも読め、「JEW」がユダヤ人のことであるのは言うまでもない。

■スタートかゴールか
では結局インドに皆は「来た」のか、それとも皆は「出て行った」のかであるが、観念論的ではあるが、もしインドに来たつまりインドがゴールであれば、「文明の最終到達点はインドのカーストのような差別社会」ということになり、逆にインドから出て行ったのであれば「文明のスタートはインドのカーストのような差別社会で、そこから平等な社会へと進化する」と考えることが出来る。
御主人様に引き連れられたヒドラたちが外へ出て行って街を荒らし回ったのか、それとも暴れ回っていたヒドラたちがインドへ追い込まれたのか。前回「シヴァのシンボルは現在世界でばらばらになっている」と書いたが、来たのか出て行ったのか、これは大変難しい。どちらの可能性を考えても正当性が存在する以上、定説を覆すことは困難だろうし、意見は二分するだろう。少なくとも「アダムからエヴァが産まれた」という聖書の記述に逆らうことは誰にも出来ない。
全ての文献なり物証なりが本当なのであれば答えは一方通行のはずだが、そうならないのは嘘が多分に含まれているからだろう。「嘘・偽=false」であり、そのまま読めばファールスである。
 

④ ガネーシャとイエス

■インドにおける月神ガネーシャ
インドにおいてシュードラというカーストがあり「奴隷」と訳すことは高校でも習うしよく知られている。前回述べたように、奴隷である以上ご主人様がおり、それはアーリア人であるが、「シュードラは黒い」と言われまた世界のスタンダードとして色の黒い民族=社会の下層であるので、シュードラが非アーリアンであり土着系である可能性は極めて高いと言える。
インドの神々はそれぞれ多くの化身(アヴァターラ)を持ち各々の神が様々な要素を吸収しているが、シュードラ=奴隷カーストの主神はガネーシャであると言ってしまうことに特に異論は無いと思う。ガネーシャは有名な神で、頭が象で体が太鼓腹の人間の姿をした神である。現在では「知恵と利益の神」「学問と商売の神」としてとても人気があるが、反面「崇拝を怠ると恐ろしい罰を与える神」という側面も持っている。「ガネーシャ」「ガナパティ」共に同じで、「群衆の主」という意味である。
なぜ頭が象になったか、という理由としては幾つかのエピソードがあるが、その中で興味深いと思われるのは、九耀(スーリヤ)のシャニに関する話である。「シャニがあまりにもクリシュナを崇拝しすぎていたため、その妻が妬み彼を邪視(=EVIL EYE)にしてしまった。そのためシヴァとパールバティーの間に産まれたばかりのガネーシャをシャニが見たら、ガネーシャの首が飛んでいってしまったので、やむなく象の首を代わりに付けた」というものである。
シャニは九耀では「土星」であり、シャニ=SUNNYであり、クリシュナ崇拝者で土星=土=アダムということで、「クリシュナ=太陽=土=アダム」と結びつく。またガネーシャの首が象になった原因であるので、ガネーシャが恨みを抱く対象でもある。ガネーシャは仏教の天部の一人でありゆえにDEVAであるが、「聖天」「歓喜天」と呼ばれる。DEVAである以上月信仰側の神であるが、それが九耀のシャニと反目する関係にある。ここでも太陽信仰と月信仰の対立を見ることが出来る。
インドにおけるガネーシャの別名は「魔人の主」で、前回述べたように「シュードラ=ヒドラ」であるから、ヒドラの主である。ガネーシャには「十字路の神」という側面もあり、悪魔崇拝のサバトとの関連もあるので、やはり魔人の主という別名には正当性がある。「十字路=CROSS」であり、前回述べた幾つかの言葉と同様「CR」が付く。
付け加えると、サンスクリットで蛇のことを「NAGA」というが、NAGAという語には「象」という意味もある。

■日本における賤民とガネーシャ
密教において象頭の二人の人間が抱き合っている像があるが、あれが歓喜天であり、セクシャリズム・性的祭祀を教義とするいわば秘教的なセクトで用いられると言われる。日本でガネーシャを祀った場所、つまり聖天が祀られている場所は少なくないようであり、例えば奈良県の生駒山とか、浅草の待乳山などがそうである。インドにおいても奴隷カーストの神であったが、日本においても賤民の信仰の対象になっているケースは少なくないと思われる。
ガネーシャの異名である「ガナパティ」を漢字で書くと「我那鉢底」であり「ガナハチ」と読む。いわゆる「八の民」の「ハチ」の語源は定かではなく、八ヶ岳の八ではないかとか托鉢僧の持つ御鉢の鉢ではないかとか、また「我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈った山中鹿之助の蜂屋衆もハチがつくとかいろいろな説があるが、どれもいわゆる賤民と関係があるといって差し支えない。仏教国の日本でもガネーシャつまり聖天は当然下層の民衆の信仰の対象だったはずであるから、「ガナハチ」から「ハチ=八」になった可能性もあるだろう。
インド神話の一つによれば、「ガネーシャはパールバティーが自分の垢から作った」ということになっている。この「あか」という言葉・発音であるが、まず「あか=赤」でありCRIMSONである。また仏教に「あか棚」というのがあり水を入れるそうだが、日本の漁民の間で古くから(海)水のことを「あか」と呼んでいたという説があるので、「あか=AQUA」でもある。つまり赤い色を崇拝し尚且つ海や水と関連のあった人々がいたなら、同じ発音である「垢」でできたガネーシャと関連があることは不思議ではない。発音が同じ言葉は何らかの関連があるという考え方は基本であるからだ。もしそのような人々がいたとすれば、平氏などはかなり関連性が疑われて然るべきだろう。平氏のポジションや存在というのも大変複雑で難しいが、彼らは海民と繋がりがあり赤旗をシンボルにし、また「驕る平家は久しからず」という発想はバラモン教と大変近いと思われる。
ちなみに「朝」つまり「MORNING」のことを「暁=あかつき」というが、これが「赤月」ならば文字通り「RED MOON」であり、イランの古代語でアサ(アシャ)は火・法・正義の意味である。「MOONING=月であること」が「MORNING」になったのなら大変面白い。

■油を注がれる者
インドにおいて、ガネーシャは祀られる際に「ギー」という油を注がれることが知られている。ガネーシャの像の頭から油をかけて祀る風習は現在でも残っていて、また歓喜天にも油を注ぐ教義が存在する。大変興味深いことだが、ヘブライ語の「メシア」も「油を注がれる者」という意味である。ガネーシャはインドの(人間だと見なされている上から4つのカーストの中での)最下層カーストの主神、ヘブライ人は要するにユダヤ人であるがイエスを輩出した民族である。
日猶同祖論の是非はこの際置いておいて、基本的に世の中がヒエラルキーだとすると、日本においても最下層は賤民で最も数が多いことになり、彼らの信仰の対象としてガネーシャが存在したことは否定出来まい。部落解放同盟という団体があるが、この団体のシンボルは「荊冠旗」であり、イエスが処刑される際に被せられた物がシンボルになっている。彼らがなぜこのマークを採用しているのかはともかく、仮に彼らが何らかの形でユダヤ人・ヘブライ人と関係があり、尚且つガネーシャを崇拝する思想を持っているのなら、共に「油を注がれる」という要素でイエスとガネーシャは結び付く。
キリスト教のシンボルは十字架=CROSSだが、この単語のスペルにもCRが付き、もちろん十字架というオブジェのルーツを考えれば一概にクル族やガネーシャと関連付けるのは難しいかもしれないが、結局「賤しい人々の中から現れた者が世を救う」という発想はここでも肯定され得るわけである。
 

⑤ クリシュナと堕天使

■インドにおける英雄クリシュナ
クリシュナという神はインドにおいて最も人気のある神だといわれ、現代でもその名や異名を自らの名前にするインド人は多数いるといわれる。その生涯を物語化したり映画化したりすることは今でも頻繁にあるそうで、インドにおいては「英雄(ヒーロー)」というべき存在であるようだ。
KRISHNAは「黒=BLACK」という意味で、よってアーリア人が来る以前から居住していた色の黒い人々の神であった。一般的にヤーダヴァ族という部族の首長であった実在の人物が神格化したものだとされる。別名が「ダーサ=奴隷」であることからも、土着の人々の神であったという見解で一致していて、当然ともいえるが「大蛇を退治する神話」も持っている。古代にバクティという神への献身的な愛を説いた指導者だった人物がやがて神と同一視されるようになった、ともいわれる。
有名な「マハーバーラタ」でバガヴァット・ギーターをアルジュナ王子に説くクリシュナの姿はよく知られており、キリスト教の世界でも有名なようである。インド神話におけるクリシュナは「美男子で女性の憧れで強くて聡明で愛に溢れた」神であり、文字通り英雄(ヒーロー)的な神だといえる。

■クリシュナとその影響
クリシュナは太陽神であり、ヴィシュヌの化身の一人である。ヴィシュヌはその化身としてラーマと特にクリシュナを取り込んだことによりその存在が現在のように巨大になったといわれ、「ハリハラ」という言葉がありハリ=ヴィシュヌ、ハラ=シヴァであるが、ハリ=クリシュナでもある。つまりヴィシュヌは土着系の二大神を取り込んで巨大な存在になり、尚且つ太陽神であるから、土着系の人々=太陽信仰であるといえる。
ちなみに辻直四郎は「ヴェーダに書かれているハリ・ユーピヤーがインダス遺跡のハラッパーではないか」と述べたそうだが、ハリとハラは全く異なるのになぜこのようなことを言うのか不思議である。
相当昔から言われていることらしいが、「KRISHNA」という語は「CHRIST」の語源ではないか、という説がある。理由としてはクリシュナの生涯がダビデの生涯と(ストーリー上)似ていること、前者は牛飼い後者は羊飼い、それとバガヴァットを説くことなどで、もちろん「クリシュナ」と「クライスト」の発音が似ていることなどもある。イエスの教えとクリシュナのバクティの詳細な比較については私は知らない。
クリシュナとダビデの生涯が似ていることについては、イスラエルからインドの方向つまりダビデの神話がクリシュナの神話に伝播したのだろうというのが定説らしく、インド人でさえそう唱えるそうである。しかし時代などを考慮してもインドからイスラエルに伝播したと考えるのが自然であり、なぜ逆の考え方が定説なのかといえば、要するに聖書の存在には誰も逆らえないということだろう。もっといえばユダヤ人の最大の英雄が実際には他文化の影響による「創作」であったとしたら、もはやイエスの存在そのものに関わる。メシア思想というのは「ダビデの再来を待ち望む」というのが基本であり、その人物がそもそも架空なのであれば、根底から成り立たないからだ。

■クリシュナとクル族
クリシュナが「マハーバーラタ」においてバガヴァットを説くのは有名であるが、以前の文章で述べたように、クリシュナとクル族は同じ側の存在ではない。クリシュナは明確に太陽神であり、クル族は月信仰の代表である。ではなぜマハーバーラタに彼が登場するのかだが、例えばそれが書かれた当時にあまりに偉大な存在であったためその威光を欲して登場させたとか、それを書いた当事者が自らを逆の側の存在だと偽るために登場させたとか、いろいろ考えられるがよくわからない。クル族は月信仰側の存在であるが、アーリア人だったのか土着系の人々だったのかもはっきり判断し難い。
聖書における最初の人であるアダムは「土」という意味だが、土の色は何色なのか。KRISHNAは「黒」という意味だが、以前の文章で述べたようにインドラとシヴァは茶色である。第二次大戦前のドイツにあったオカルト団体のうち有力なものに神智学協会というのがあったが、彼らの主張の一つに「旧約聖書におけるアブラムがアブラハムと改名した理由は『ABRAHAM=A_BRAHMA』であり、つまり反バラモンということである」というのがあった。ナチズムは盛んにアーリア人という言葉を喧伝したが、バラモン教というのは「アーリア人至上主義」であり、ナチズム同様「自分たちだけが人間だ」という選民思想的なものだとの説がある。ヘブライ人は反バラモンであるとの理屈により、ユダヤ人はアーリア人の敵なのだという主張の論拠の一つになったのが、このオカルト団体の主張であった。言うまでもなくイランという国名はアーリアンという語に由来する。
本来土の色は黒いはずであるが、茶色であると偽りの認識を人々に浸透させている者たちがいるのだろうか。「クル」と「黒」は発音上は似ており、日本に漢字が渡来したのは仏教と一緒にである(はずだ)から、クル族が自らを「黒い者」と名乗って(偽って?)いたとしたら、日本でもそれに関連するものには黒という漢字が付くかもしれない。
カフカズ地方のグルジアという国はキリスト教国であるにもかかわらず、その国旗に「三日月のマーク」をずっと使っていた。またその西側には黒海がある。グルジアの語源はともかく、昔西域に「弓月城」という国があってクルジア(クルジャ)と呼ばれており、弓月=三日月である。弓月君が秦氏と関連があるのは非常に有名である。また以前の文章で述べたように、インドの九耀のシャニは土星だが、土星はイスラエルの守護星とかイスラエルの第二の太陽とか呼ばれるそうである。土=アダムなので、熱烈なクリシュナ崇拝者のシャニが土星なら、やはり土の色は黒くないとおかしい。
クル族がアーリア人なのか土着系の人々なのかは釈然としないが、「KR」と「CR」は明確に違うはずである。自らの存在を偽るために逆の主張をすることはいつの時代でもある。

■堕天した者たち
「インドに来たのか、インドから出て行ったのか」というのは非常に難しい問題であるが、確かに定説通り「インドに来た」と考えないと説明出来ないこともあるし、逆に「インドから出て行った」と考えないと説明出来ないこともある。もし後者の通り「インドが文明のスタートでそこから皆出て行った」と考えるならば、エデンがインドにあったということになる。これを前提として考えてみたい。
もしエデンがインドにあったのなら、そこには当然土着の人々しかいなかったはずであり、つまり色の黒い人々がそこで暮らしていた。ゆえにアダム=土の色は黒い。九耀のシャニの如くクリシュナを崇拝する者が大勢おり、クリシュナがヤーダヴァ族の長であり指導者であったわけだから、ヤーダヴァ族がエデンを統治する一族であった。しかしそこから離れる者が出る。神の最も傍にいた者(たち)がそこを離れ、違う場所へ行く。それはすぐ北西の土地だったかもしれないが、つまり「堕天」である。堕天使は悪魔となり神の障碍になる。「ヤーダヴァ」という言葉は「YADAVA」と書くが、もしこれを「YAHDAWAH」と書き、堕天した者たちの象徴である例えば「鳩=DOVE」がそこから抜ければどうなるか。母音は不要なので「YHDWH」から「DV」を抜くと「YHWH」が残る。
「赤い鳩」というのが何を意味するのか私は知らないが、もしこれが事実なら、エデンの指導者たちだったグループから離脱して堕天したのがサタンだろう。

■[補足]
アダム=土の色は黒いが、エデンで暮らしていたのは色の黒い人々だけではなかったかもしれない。正確にはいろいろな色の人々が暮らしていて、指導者たちのグループにもいろいろな色の人たちがいた。指導者たちの長であったクリシュナはもちろん色が黒かったが、つまり簡単に言えば「歴史時代とは逆」に、色の黒い者が色の白い者(たち)を指導していた。そこを離脱した色の白い者たちが色の黒い者たちに戦いを起こした、ということかもしれない。
「カースト」という語はポルトガル語の「カスタ」が語源であり、カースト制度はインドで元々「ヴァルナ=色」と呼ばれていた。「バラモンは白く、クシャトリヤは赤く、ヴァイシャは黄色く、シュードラは黒い」という言葉通り、元々肌の色つまり人種でその階層が決まっていた、というのが定説である。かつて「黄禍論」というのがあったが、ヴァイシャは黄色くまたユダヤ人も黄色いし、言うまでもなく日本人も黄色い。白と茶色を混ぜると黄色になるのは示唆的である。現在は白色人種・黄色人種・黒色人種はいても赤色人種というのはいないので、一体どこへ行ってしまったのだろうか。
歴史時代においては色が白いほど偉く色が黒いほど卑しいというのが世界のスタンダードだが、かつて自分たちを指導していた「黒」を意味する者への嫉妬とルサンチマンから、色の白い者たちは色の黒い者たちに復讐すべく歴史を動かし、同時に自らを逆の立場の存在だと偽ってきたのかもしれない。現在本当に黒い者たちは人類の範疇外に置かれ、それを打開しようにもマトリックスが頑丈すぎて人々はそれを壊そうという発想すら無い。「黒」という色にマイナスのイメージを普遍的に植え付けた方法は、万能足り得ない科学の力によるものではないだろう。
 

⑥ 日猶同祖論私考(その1)

■解決不可能な謎
「日猶同祖論」というのはずっと昔からある考え方で言うまでもないほど有名だが、「古代にユダヤ人が日本に来ていて彼らが日本民族のルーツとなった」という説のことである。これに関してはこれまで星の数ほどの人々が論じてきて未だに何一つ進展は見られず、また今後も見られないであろう「解決不可能な謎の一つ」である。
ユダヤ人が中国まで来ていたことは証明されているが、そもそも古代の民族や人々の移動範囲・規模がどの程度だったのかが未だに釈然としていない。航海技術の程度にしても何故か定説は無いようである。それらに関しては現在でも新しい見解が生まれているようだが、未だ諸説あり定説というのは無いようだ。ユダヤ人が日本民族のルーツかどうかはさておき、両者の間に強い関係があった(ある)ことは事実である。もちろん日本以外にも「韓猶同祖論」「英猶同祖論」等もあるそうで、それはユダヤとの繋がりがあればある種の権威が伴うゆえ希望的に流布されることもあるだろうし、世界各地にそういう説や痕跡は見られるので特に日本だけに限ったことではない。
今回はとりあえず、私の現在の時点での日猶同祖論に関する見解をいくつか述べてみたい。

■秦氏について
日猶同祖論を語る際に必ず挙がるのが秦氏の名前である。何故この名前ばかりが挙がるのか不思議なほどだが、まずこれについて述べたい。
秦氏の中興の祖として秦河勝がいる。「河勝」というのは「水から拾い上げる」ということからついた名前だと言われるが、旧約聖書のモーセも「水から拾い上げる」というのが語源である。モーセは誕生当初葦の船に入れられて川に流されるが、それを拾い上げてもらったことからこの名がついた。つまり両者は同じ名前である。「古事記」には同じように葦の船に入れられて海に流されそのままどこかへ消え去ってしまう、イザナギ・イザナミの第一子「蛭子(ヒルコ)」が登場する。この三者は同じモチーフを持っているが、ではヒルコとは何か。ヒルコは読んで字の如く「蛭のように手足が無かった」奇形児で、つまり手足が無い=蛇と同じである。これが葦の船に入れられて海に捨てられる。高天原ファミリーの第一子ゆえ最も敬われるべき存在であるが同時に最も忌避される存在でもある。これが蛇と同じであればヒルコ=悪ということになる。
秦氏が朝鮮からの渡来人なのは明白である。では「秦」という字であるが、これは始皇帝の秦と同じで、更にペルシャの中国名(中国での呼び名)でもある。アケメネス朝ペルシャ帝国と中国の秦帝国がよく似た支配体制を採っていたのは有名だが、日本の秦氏の末裔と称する某政治家は家系図を遡ると秦の始皇帝の名が書いてあるそうだ。実際秦氏は応神天皇の時代に朝鮮半島から弓月君に率いられ渡来したと言われるが、元々秦帝国の残党だったとも言われる。

古代イスラエル王国が南北に分裂し、北王国の10支族・南王国の2支族に分かれるが、北はアッシリア帝国に滅ぼされて住人は皆連れ去られその後行方不明になり、いわゆる「Lost Ten Tribes(失われた10支族)」となる。南はその後新バビロニア(カルデア)王国に滅ぼされていわゆる「バビロン捕囚」の状態になるが、これを解放したのがアケメネス朝ペルシャ帝国で、よってユダヤ人はペルシャに大変な恩義を感じている。この後ユダヤ人の一部はペルシャに留まりやがて国へ還るが、それゆえユダヤ教にはペルシャの影響が多分に入っていることは有名である。では消えた10支族はどこへ行ったのかだが、当然ペルシャに滞在していた者たちもいたはずである。
ここで面白い話があり、ペルシャの都のスサで総督の座に就いていたのはユダヤ人で、スサはヤサカ川という川の上流にあり、そこでGIONという神を奉っていた、という説がある。これの詳細について私は知らないが、国東半島に八坂川という川があり、国東は以前述べたように秦氏の初期の拠点があったと思われる土地である。「祇園」という語は元々サンスクリットだが、複雑な経路を辿って成立した語かもしれない。
もし消えた10支族のうちの何某かがペルシャに滞在し、その影響下に置かれたまま東へ向かい、その名前を「ペルシャ=秦」と名乗ったとしたら、彼らが秦氏と呼ばれるようになった部族かもしれない。秦氏の「弓月君」という王の名は「弓月=弓型の月=三日月」ゆえ、CRESCENTすなわち月信仰の側の存在であることを知らしめるためだったろうか。

ヒルコに話を戻すと、これは不具の子であったため誕生直後に海に捨てられた。だがどこにも死んだとは書いていない。よってどこかで生きているはずであるが、瀬戸内海に最初の島が作られた以上ヒルコもその周辺に流れ着いたはずである。実際西宮にはヒルコを祀った神社があるしその周辺には大避神社もある。「大避」というのはダビデの漢訳だとの説があり、祭神の「大避大神」は秦河勝である。また酒造も盛んだが酒の神バッカスはデュオニソスと対応し、スサノヲとも対応すると言われる。
以前述べたように秦王国が現在の中国地方の広島の辺りにあったとすれば、ヒルコはそこまで流れ着いたかもしれない。上述の三者が共通のモチーフを持っている以上繋がりがあると考えるのが自然である。要するにヒルコのモチーフが意味するものは、もし秦氏がユダヤの一部族であったならば、「民族の象徴たるモーセのモチーフと蛇のモチーフを重ね合わせ、同時に自らの存在が忌避されるものである」ことを隠喩していると言えよう。スサノヲは高天原ファミリーの厄介者だがヒルコもまた同様ファミリー内で忌むべき記憶・存在である。この両者が組み合わさったものが秦氏と秦王国だと言えるだろう。

■支配カーストと奴隷カースト
日本にはいわゆる差別問題が昔からあり、これに関する正確な歴史的情報を一般的に入手することは不可能である。何故なら「その立場だった」と主張する者たちがその研究をすることを妨げているからだ。正確には彼らが自らのルーツを解明されることを妨げていて、それゆえ日本という国は歴史に関して明確に全てを把握することは出来ない。結果的に未だに天皇家のルーツも邪馬台国の場所も日本語の言語系統もそれ以前のことも一切解明されていない。
日本の最上位カースト=支配カーストは天皇家だが、もし秦氏がユダヤ人であるとすれば、この両者はどういう関係か。日本の最下層カーストがいわゆる賤民だったとすればこれを纏めていたのは弾左衛門であるが、これは穢多頭である。弾左衛門の屋敷は浅草にあったがそこには待乳山聖天つまりガネーシャが奉ってある。「弾=ダン」という語であるが、周知の通りユダヤ12支族の中にダンという部族があり、北王国の一部であった。彼らはそのシンボルとして蛇のマークを持っており、蛇が邪悪の象徴なのは言うまでもない。旧約聖書に「ダンは獅子の子」とあるが、獅子はユダ族のシンボルである。ではユダ族とダン族が親子(のような)関係にあったとすれば、これが日本で現れるケースはどのような場合であるか。
日本で獅子が見られるのはただ一つ、神社の狛犬である。狛犬=高麗犬であり、そのルーツについても定説は無いが、高麗の名がついている。高麗というのは現在のKOREAの語源であるから、つまり朝鮮である。これが獅子の姿をしている。では獅子=朝鮮であり親ならば、子の蛇は誰でどこにいるのか。
秦氏がユダヤ人ならばその名にペルシャという語を名乗っている以上、ペルシャ的なユダヤ人のはずである。よって邪悪の象徴である蛇をシンボルにしても不思議は無い。では秦氏=ダン族だとすると、これが獅子=朝鮮の子ということになる。現在の部落解放同盟つまりかつての賤民たちは「同胞融和=同和」という語を使用しているが、彼らは(北)朝鮮と親密である。以前も述べたがこの団体のシンボルは「荊冠旗」で、イエスの象徴である。何故彼らがユダヤ人の中に現れ殺された者の象徴を自らのシンボルとするのか。また秦氏がスサノヲを主神としていたのなら、ダン族の英雄サムソンと同様の「髪を剃られ目を潰される」モチーフが存在するのも自然だろう。もし穢多と呼ばれた身分の者たちがユダヤ人であり秦氏と大部分で重なるのであれば、彼らがダン族でありそれゆえ弾左衛門という者がそれを纏めていたのかもしれない。

秦氏という部族は謎の多い部族であり、どこでどう推移して行ったのか釈然としない。もちろん古代には強大な豪族であり天皇家とも血縁があったし聖徳太子の後見人も彼らであったと言われる。だが結局明確な推移がわからず、これは他の豪族も同様であるが、いつの間にかどこでどうなったのかわからないまま歴史から消える(ように見える)。
古代から賤民はいたはずだし、それは例えば東大寺門の仁王像が鬼を踏みつけていて鬼の指が四本しかないというのも一例である。鬼というのは昔から日本では悪の存在としていろいろな場面で登場するが、つまり「頭に角が生えている」のが特徴であり且つ「体が赤い」のも特徴である。以前「クシャトリヤは赤い」「現在赤色人種というのはいない」と述べたが、仏教の開祖ゴータマはクシャトリヤの出身、仏教は牛を崇拝するインドで生まれた宗教である。また「赤」という色は中国の秦帝国のカラーと言われCRESCENTと同様CRIMSONも語源はCRである。以前述べた通り国譲りの際ニニギノミコトを道案内したサルタヒコは天狗と同様赤い顔をしており、サルタヒコが天孫族以前から日本列島にいて彼らを迎え入れた。つまり秦氏は「赤」という色と繋がりがあり、またいつの間にか賤民に落とされ「蛇≒牛」であるゆえ頭に角が生えた赤い鬼として描かれ、賤民ゆえ仁王像に踏まれる彼らの像には指が四本しかない。豪族が賤民に落とされるケースというのも、朝鮮からの渡来人であれば百済・新羅・高句麗の強弱関係で立場が逆転することもあったわけだし、他にもそういう豪族はいるから明確にはわからない。しかし現在でも古事記に「ヒルコは不具の子だったので海に捨てた」と書かれまたヒルコがモーセのモチーフを借用している以上、彼らはユダヤ人同様公には忌避される存在のはずである。

■悪の枢軸
では朝鮮=KOREA=高(句)麗がユダ族で日本の奴隷カーストがダン族であれば、「悪の枢軸」と現在地球上で呼ばれるイランと北朝鮮は、イラン=秦=ダン族というラインで繋がる。悪の枢軸というのはキリスト教(原理主義?)から見ての悪であるが、実際には絶対的悪だと言っていいだろう。つまりアーリア人が南下しインドに来て、その後イランとインドに分かれる。バラモン教が神人一体思想であり且つ「自分たちだけが人間だ」という選民思想であれば、それはナチズムと同様であるしまたユダヤ人の一部おそらくパリサイ派の考え方と同じはずである。言うまでもなくパリサイという語は「ファールス」を語源としペルシャと同義であるし、イエスを殺したのも彼らである。
イランの影響下に生まれた宗教はキリスト教にとって異端であることが多いが、要するにキリスト教にとっての悪の根源はグノーシスである(と私は思う)から、例えばプロメテウスが内臓を永遠に啄ばまれるのはゾロアスター教の鳥葬の暗喩だし、そもそも「人が死ねば土=アダムに還す」のと「人が死ねば火で燃やして灰にする」のは全く異なり後者は拝火的である。グノーシスのシンボルは蛇であるが、蛇をシンボルとするダン族が秦=ペルシャという名を名乗っている以上「悪の枢軸」というのはイランと北朝鮮に加え、彼らの配下である日本の奴隷カーストたちもだろう。日本の支配カーストがどの部族なのかは私にはわからないが、ヒルコもスサノヲも高天原ファミリーの一員である以上彼らと血縁関係にあることは確かである。
水平社の設立の際の文言に次の一文がある。「人の世に熱あれ、人間に光あれ。」 彼らは「人」と「人間」を使い分けているが、人の世を火で焼き払い、自分たち人間には光を与えてほしいと堕天使に願ったのだろうか。ゆえに彼らは旧約聖書の中に、つまり何千年も前にこう書かれている ― 「ダンは道のかたわらの蛇、小道のほとりの蝮。あなたの救いを待ち望む。」(創世記:49章16-18節)

■日本におけるサタン
ヒルコは蛭子と書くがこれは「えびす」とも読む。恵比寿は七福神の一人だが海の彼方から来る客人神で、「夷」もえびすと読むがこれは古代中国で異(邦)人を意味した。つまり海のABNORMALな者たちである。スサノヲは海原の支配者であり秦氏(を含む渡来人)の主神と考えられる。源氏平氏について少し述べると、源氏=白旗/平氏=赤旗であり平氏は海民であると思われ、平氏は広島の厳島神社を氏神としたがここはスサノヲ信仰の拠点である。源氏平氏ともに出自は明確でなく朝鮮との関係も深いと思われるが、平氏は秦と同じく赤を自カラーとし、また赤はコミュニズムの象徴でもある。彼らは一時栄華を誇り「平家にあらずんば人にあらず」と選民思想を喧伝した。山民と海民の関係も明確ではなく日本において様々な部族がテリトリー的に各職能を分担して持っていたようだがその明確な事実の解明も殆どなされていない。仮に平氏が海民と関係があり以前述べたように「赤≒AQUA」であれば、彼らは秦氏やダン族と同一カテゴリーの存在だと思われる。渡来人にしても全てが同一のグループではなく祭神も異なるだろうしどこかで分化するケースもあったろうから、一概に一括りにするのは困難である。
鬼には角が生えていて悪の存在であるが正確には「障碍」としての存在だと言える。そう表現された者たち=秦氏がバール=牛神を崇拝するダン族と同一であるため鬼は角が生えた生物として描かれ、また百済仏教(大乗)の日本では新羅仏教(小乗的?)の彼らはその障碍であった。「牛≒龍」ならば要するに彼らは単純に邪悪な存在であり、ゆえに公には古来より忌避される存在だった。キリスト教におけるサタンが現在の「悪の枢軸」であれば、つまりサタンも鬼も同じ者たちということになり、イコール「人類の普遍的な敵」である。
ニューヨークの911テロ事件後に日本でも政治的な変化があった。現在自民党で最盛なのは清和会だがこれは清和源氏に由来する名称だろう。同時に賤民と繋がりがある(ことを一般的に言われる)者は主流から外された。アメリカと日本の思惑が合致した結果である。結局地球は二極に分かれておりそれは資本主義と共産主義ではなくて、善と悪もっと言えば太陽信仰と月信仰であることが自明になったのが911テロ事件以降である。
日本語で太陽の出ている時間を「昼=ヒル」と言うが、つまりイエスを信じる者たちがCRのついた語を唱えるのと同様、多くの人々は欺かれている。結論を言えば「月信仰側の蛇として存在している日本の奴隷カースト=サタン(の一部)」であり、彼らの行動言動がそれそのものであるがゆえ古来より彼らはそう呼ばれたに過ぎず、よってキリスト教(原理主義?)にとってまた太陽信仰にとっての絶対的悪であり、ゆえに彼らはインドでも日本でも太陽信仰の人々をアウトカーストとして社会の外に置き「自分たちだけが人間だ」と選民思想を依代にする。ずっと昔から平氏もナチ党もユダヤ人(の一部)も全く変わらず今後も変わらない「救われざる哀れな魂」であるがゆえに、上記の旧約聖書の一文が存在するのだ。
 

⑦ 日猶同祖論私考(その2)

■謎の民族
ユダヤ民族が12の支族から成っていたことは誰でも知っており、北王国が10支族・南王国が2支族により成っていたこともまた知られている。結果的に北の10支族が消えてしまい「Lost Ten Tribes」となるわけだが、そもそもユダヤ人がなぜこれほど大昔から常に人々の話題に上るのかといえば、結局「いろいろな場所にその痕跡らしきものが現れるが何一つ立証されていない」からである。特に南北アメリカ大陸は新大陸と呼ばれ、コロンブス以前は「存在していなかった」ので、それ以外の土地=ユーラシア大陸とアフリカ大陸において東西南北いろいろな場所に彼らの痕跡が現れるため、彼らつまりユダヤ民族は「謎の民族」であった。
例えば我々が歴史の授業で「四大文明」と習う四つの文明のうち、インダス文明は単なる「謎の古代遺跡」で、誰が作ったかもわかっていない。またエジプト文明は最古の王国が初めから完全な文明構造を成して突然現れると言われ、最古層はセム族の痕跡が見られ、ある者は「それは黒人系のユダヤ人である」と言う。つまり人類文明の最初期からユダヤ民族は謎の存在であり、その後も例えばエジプトでミイラ制作を担っていたのはユダヤ人であったり古代ギリシャでもユダヤ人が金貸しをしていた記録があったり、もちろん真偽の程は定かではないが、そういういろいろな有象無象の情報がある。
他にもソロモン王がいわゆる「鍵十字(鉤十字)」をシンボルとし、ナチ党のシンボルと同じものを自身のシンボルにしていたことは知られている。ナチ党が魔術やオカルト団体と関係が深かったことは有名だし、初期のメンバーに仏教徒が多かったとかベルリン陥落の際にチベット兵の死体が大量に見つかったという話もある。ナチ党と魔術・オカルティズムについては映画「インディ・ジョーンズ」のモチーフにもなったし、聖杯伝説やファティマの予言など、私のような日本で生まれ育った日本人にはまだ理解するのが難しい考え方がキリスト教社会には存在するようだ。

数年前「ダヴィンチ・コード」が大変話題になったが、その中に「占星学上、西暦2000年までは魚座の時代、その後2000年間は水瓶座の時代になる」とあった。昔からキリスト教では魚をシンボルにし、それはギリシャ語で「イエス_キリスト_神の_子_救世主」の頭文字を並べたものが「魚(イクトゥス)」になるからだと言われる。こういうのが言葉や言語の面白いところで、必ずしも言語学上証明されたような変遷を辿って現在の語になったとは言えないことがある、という例である。言語というのは人工的に変更・調整されたり人造されることもあり、日本語の標準語も同様なのは知られている。特に英語は現在の世界標準語で、非常に明確な規則をもって形成されている(と私は思う)ので、単純に「時間とともに進化」してきたとはとても言い難いと思う。つまりもし仮にこの世界に悪魔崇拝者がいるとして、彼らの崇める悪魔を人類皆に崇拝させたいなら、その言葉の中に虚偽を混ぜ、人々が「神よ!」と唱えていても実際には悪魔の名を呼んでいる、という状況を作り出そうとしても不思議ではない。日本なら太陽の出ている時間を「昼=ヒル」と呼ぶことはその一つだろう。もちろん全てがそうではないだろうが、そういう虚偽は様々な場所にあるだろうし、また各種言語が相関関係を持ちながら虚偽を形成することもあると思う。なぜなら彼らユダヤ民族は世界の各地に散らばったので、様々な場所でそのような行使を陰に陽に行ってきただろうからだ。

■日本におけるユダヤ的痕跡①
日本においてもずっと以前から日猶同祖論はあり、それは伊勢神宮の灯篭にダビデの星が書かれているとか青森にキリストの墓があるとか、剣山に聖柩(アーク)が埋まっているか戦前の軍部が調査したとか、そういう類の諸々の「噂」は星の数ほどある。こういうのが期待的観測に基づくものであったのかどうか、私はまだ生まれていなかったため当事者ではないので正確にはわからない。しかしいくら「似ているもの」「どう考えても無関係には思えないもの」がたくさんあっても、それを「証明」できなければただの類似に過ぎず、そして証明することは不可能である。

例えば「蘇民将来」という説話があり、これは近畿を中心に各地にある説話だそうだが、ユダヤ民族の「過越しの祭」と同様のモチーフである。『客人神として放浪するスサノヲが蘇民と巨担の兄弟の元を訪れた際、弟の蘇民が自分の家に泊めてくれたので、スサノヲは彼の未来の繁栄を約束し「戸口に”蘇民将来”と書かれた札を掛けておけば病気・災厄はその家を避けていくだろう」と言い、去っていった』という内容である。これは有名な説話だが、元は旧約聖書の出エジプトの際のテーマがモチーフなのは言うまでもない。この「蘇民」だが、「蘇る民」なのかどうかは不明だが、古代の豪族に「蘇我氏」がおり、彼らは大化の改新で失脚したのを考えても新羅系である。この説話でスサノヲが神であり「蘇」という民のことを繁栄させるとなっているが、スサノヲとユダヤ的モチーフの関係がやはり重要になる。日本書紀では一書に曰くとして、スサノヲは「新羅へ渡った」とあり、また「根の国へ帰った」ともある。根の国とはルーツの国であるから、つまりスサノヲは新羅(朝鮮)由来の神であることは疑いない。
「蘇我」は「蘇る我(ら)」と書くが、千葉県千葉市に蘇我という場所があり製鉄関連の土地である。ここと市内の別地区に「白旗神社」があり、白旗神社は「源氏の白旗」に由来するが、両者近隣にはそれぞれ朝鮮系の施設がある。源氏のルーツ・平氏のルーツは定かでなく、古代新羅の「花郎(ファラン)」が「源花」と呼ばれるためこれが源氏でないかという説や、白旗は新羅の「シラ」でないかとか、日本の白山信仰が朝鮮の太白山に由来するとか様々な説がある(ただ日本の神社名や地名には「白」「赤」「黒」が付くものはとても多い)。また太白信仰は金星への信仰で、「太白星=大いなる白き星」と書きこれが金星である。「ダヴィンチ・コード」には『五芒星は金星の描く軌道から成立した』とあり、金星はルシファー(=サタン?)と同一視される。日本の平家の隠れ里と呼ばれる場所には地名に「五」という字が付くことも多く、またサンスクリットで「GO」は牛を意味する。源氏と白拍子との関係や、現代の水商売に携わる女性が「源氏名」を名乗ることも指摘される。また新羅の古代名の一つとして「波斯」があり、これはペルシャの中国名(中国での呼び名)である。
蘇民将来の説話だけ見るなら単に過越し祭に対応するエピソードに過ぎないが、こうしていろいろな関連を辿っていくとやはり汎アジア・汎世界的な繋がりがあるように考えられる。

また「因幡の白兎」という説話も有名で、これは「ウサギがワニの背中を渡って~」という話なのは誰でも知っている。この話の同一モチーフとしてアジア諸国に似た話があるというのも知られている。また日本近海にワニはいないので、「ワニ=ワニザメ」つまり魚だった、と一般的に言われている。
ではウサギとワニは日本では何を意味したか、ということだが、ウサギというのは白兎で、ワニは鰐である。まず日本に漢字を伝えたのは和邇(わに)博士で百済(からの渡来)人である。これは「王仁」とも書き、音で言えば「応仁」また「鬼」ともほぼ同じだ。また以前述べた通り古代の宇佐は新羅系の文化が栄えていた場所で、新羅=シ(ン)ラである。「白」とも同じでゆえに白山信仰とも関係があり、源氏は白旗をシンボルにし八幡信仰を持ち、宇佐八幡宮はその大元である。また月に兎がいるというのは東アジアでは昔から言われ、つまり月信仰と結びつく。よって「白い兎=新羅+宇佐」で、「鰐=和邇(博士)=百済」とすれば、結局この説話の意味は『出雲において新羅・宇佐の勢力が百済の勢力を足蹴にした』ということか?
参考までに書くと、茨城県の鹿島には「わに河」という河川があり、そこは元々畿内の茨木地方にいた百済系の部族が遷移してきた場所という説がある。藤原氏は鹿島を発祥とするらしく、大化の改新で新羅系の蘇我氏を追放したのは中臣氏で、これは後に藤原氏になると言われる。また茨城には「百里」という土地があり、「百」は百済系の地名や人名に付くケースがある(と思われる)。つまり茨城県の鹿島地方は百済系の部族の勢力地であり、そこに「わに河」という河川がある。日本で金毘羅神社というのはインドの鰐の神であるクンピーラを祀ったものだが、両者の関係はわからない。
「因幡の白兎」で兎を助けるのはオオクニヌシで、これは大黒様だが、つまりスサノヲのグループである。よってやはり当時出雲を治めたのは新羅系であり、朝鮮由来の各部族の区分も釈然としないが、ある種の隠喩的なエピソードだろう。もちろん日本に来るには朝鮮半島を経由するのが一番の近道なのでそこを通るのは当然だが、だからといって「朝鮮=ルーツ・起源」ではない。

■日本におけるユダヤ的痕跡②
冒頭に「Lost Ten Tribes」の名を挙げたが、漢字の「十」は「ジュウ」と読み、発音はJEWである。十の形はCROSSで、「Ten=十」なのは言うまでもない。こういうのは当然何らかの理由があってのことだ。漢字が象形文字であっても古代の日本には万葉仮名があったので、例えば「聖徳太子」は漢字の意味からできた人名、「和邇」は発音に漢字をあてた人名であるから、なぜその字句がその読みと意味を持っているのかは様々な理由による。よってそういう中にはいろいろな作為や意図が含まれており、前述した英語などと同様である。
個人的には、日本語で「戸」というのが何を意味するのか興味深い。東北地方に一戸~八戸までの地名があり、信州には戸隠という土地があって現在忍者村がある。また青森のいわゆるキリストの墓伝説は戸来村にある。「戸」は「と」「へ」と読むが、何か象徴的な意味があるかもしれない。
また有名な「かごめかごめ」の歌であるが、「かごめ=籠目=カゴメ紋」であり、つまりダビデの星(六芒星)のことだ、とよく言われる。歌詞中に「鶴と亀が~」とあるが、「鶴は千年、亀は万年」という言葉があり、漢字の意味上「千年=千代(generation)、万年=万歳(year)」である。つまりこの二つの語は、この二つの動物への信仰と関係がある。亀に関して言えば、出雲大社の神紋は「亀甲紋」で亀の甲羅であるが、要するに六角形のことだ。よって六芒星も然りだが「6」という語(数字)が問題になる。周知の通り聖書において『獣の数字』は『666』である。「6」という数字はそのフォルムが日本の「巴紋」と同一で、巴紋は「蛇がとぐろを巻いている姿からできた」象形紋らしい。いわゆる三種の神器の勾玉はこれと同一の形をしている(※残りの「鏡と剣」は、カガ=蛇の古語ゆえ「カガミ=蛇見」という説があり、剣はスサノヲがヤマタノオロチを退治する際に使用した剣である)。よって三種の神器はどれも蛇崇拝と関係がある可能性は高いだろう。
なお、旧約聖書の創世記第49章にユダヤ12支族の各紹介文が書かれているが、その6番目はダン族についての文である。全ての支族を1つと数えればダン族は13支族中の7番目だが、現在は12支族中の6番目である。3という数字も複雑で、現在のキリスト教は三位一体説を採り3は良い数字とみなされるが、三位一体説自体が疑問のある考え方ゆえ単純に良い数字とは言えない。ユダヤ12支族に固有のナンバーがあったとしてダン族がNo.6ならば、それが3つ並んだものが666である。英語で太陽を「SUN=サン=3」というが、これは「各種言語が相関関係を持つ」ことの一例だと思う。

つまり結局、ユダヤ民族が世界各地にその痕跡を残している(とみなされている)以上、ユーラシア大陸東端の日本にもその痕跡はあり、こういうものが大変見え易い形― 装飾品やシンボルや神話など ―で目に付くことが多いゆえ、ずっと以前から日猶同祖論は(期待的観測を伴いながら)議論されてきた。ユダヤ民族が事実上とても影響が大きくまた謎に満ちた存在であるゆえ、それとの繋がりを求めたいというのは特に不思議ではない。

■種々の要素の中にある痕跡
余談的に付け加えると、未だに語源が明らかでない古い言葉はたくさんあり、例えばイザナギ・イザナミというのもそうだ。両者に「イザ」が付き「ナギ」「ナミ」がそれに付随している。風の無い時間を「凪(なぎ)」と言い、風が無ければ波は立たない。よって「ナギ」「ナミ」で「波が無い状態」「波がある状態」の対比になっており、それに「イザ=イサ」が付く。つまり古事記神話の通り最初に海しかなかったのなら、この両者の名前は「海面が揺らめく様」に由来するかもしれない。
もう一つ書くと、日本語の悪口として「馬鹿」というのがある。仏教ではまず仏陀(お釈迦様)がおり、その下に牛頭天王・馬頭天王がいるが、仏陀が鹿ならば「鹿 ― 牛+馬」という構図になる。もし牛から見れば残りは馬と鹿なので、これを総して「馬鹿」と呼んだ可能性もある。つまりインドなどで牛は何を意味したか、牛(≒バール)崇拝者たちは日本でどの立場であり誰のことを蔑んだか、ということだ。
もちろんこれらも全く確証も証明手段も無く、今後も証明されることはない。ただもし日本にユダヤ民族やそれに影響された者たちが訪れていたのならその影響は残っているはずだし、また実際に残っている以上、荒唐無稽だと即断することは逆に荒唐無稽だと言っておきたい。
 

⑧ 海から救われし者達

■地球の一点で思考を廻らせる行為
私がインドの概念や制度を念頭に入れつつ他地域のそれらについて考えても、それらが全て実体験に基づくものだとはいえない。私は日本でプロテスタント系の教会へ通っていたが、世界中の各(キリスト教)教会でどのような教義やコンセプトがベースになっているのか、また各派のそれらの差異の詳細までは知らない。よって「概ね~~だろう」という考えしか現在は持っていない。また、インド亜大陸が一つの概念でまとまっていてその中に種々の教派やセクトがあり、皆が対立摩擦を抱えながら基本的に一つのものとしてまとまっているのか、それともその中で恒常的に深刻な対立があるのか、私はインド訪問の経験が無いため実経験としては知らない。よってあくまでも「概ね~~だろう」という推測に過ぎない。これは現在の時点ではほとんど全てにおいて当てはまる。けれどもちろんそれは他のほとんど全ての人々も同様である。

■各地の共時性もしくは各地への伝播
インドの三大神はヴィシュヌ・シヴァ・ブラフマーだが、これらの職能はそれぞれ「維持」「破壊」「創造」である。つまりブラフマーが世界を創造しヴィシュヌがそれを維持しシヴァはそれを破壊(しようと)する、という構図である。インドの最初の支配はアーリア人によって成立し、彼らの信仰はバラモン(教)だったゆえ、創造神はブラフマーになっている。それから数千年間現在に至るまでアーリア人が基本的にその位置にいるとすると、彼らの支配構造(?)を維持しているのがヴィシュヌということになり、それを脅かし破壊しようとするのがシヴァということになる。この三神の天体的対応は「ヴィシュヌ=太陽」「シヴァ=月」なのは言うまでもないが、ブラフマーは地球と思われる。インドの絵画でこれらが描かれる際、ヴィシュヌの臍から臍の緒のように伸びた紐の先に、小さなブラフマーが描かれる。これは「太陽の周りを衛星として小さな地球が周っている」概念だろうから、つまりこの三神はそれぞれ太陽・月・地球に相当する。
太陽が善なる支配者であり月がそれに対する障碍であるというのは特に珍しくない概念だと思う。しかしこれはあくまでも建前としての概念であり、よって公にこれを否定する考えを述べる者は見られない。実際大抵の古代宗教でも太陽信仰を謳っている。例えば「神が水の中の龍を三叉矛で刺し殺す」モチーフは各地の神話に見られるが、これは朝鮮半島やアフリカまた新大陸の神話にもあるらしく、インドにもあるモチーフだ。殺される側の「水の中の龍」として有名なバビロニア神話のティアマトは女でそれを殺すマルドゥクは男であり、ヘブライ神話のヤーウェとレヴィアタンもそれぞれ男と女だ(といわれる)が、インドにおいては「殺す側=女」で「殺される龍(牛)=男」と逆になっている。殺されたのは牛の姿をとったアスラで、ドゥルガー/カーリー/パールバティーは皆DEVA=月神側のグループに属する。他地域の神話を見ると「殺す側=太陽」で「殺された龍=月」のようだが、インドでは両者が月でその仲違いの末に片方が殺される、という形だと思われる。
どの生物でも必ず女が男を産むので、地母神つまり大地が女ならそこから産まれるのは男だ。旧約聖書のアダムは大地の土から産まれた男、ギリシャ神話でも地母神はヘラで女である。日本神話では太陽神がアマテラスで女だが地母神はいない(はずだ)。イザナギの黄泉訪問のエピソードがギリシャ神話と対応(酷似)しているのは有名だが、ギリシャでは「太陽=男神アポロ/地母神=女神ヘラ/冥界=男神ハデス」なのに対し、日本では「太陽=女神アマテラス/冥界=女神イザナミ」で、地神がいない。海神はギリシャが男神ポセイドンで日本が男神スサノヲであり、月神はギリシャが女神アルテミスで日本はツクヨミだが、ツクヨミの性別は定説が無いらしい。イザナギが黄泉から戻り筑紫で禊祓いをした際にその右目・左目・鼻からそれぞれツクヨミ・アマテラス・スサノヲが産まれたとされるが、つまり日本においては「月=右/太陽=左」でその下に海があるとなっている。インドでは右手は握手や食事をするための手だが左手は汚物を拭くための不浄の手とされ、同じ語族の英語ではrightは正義と権利をlightは光を意味する。また鼻は花と発音が同じで、花という字に源氏の「一族郎党」の郎を加えれば花郎になる。バビロニアのティアマトは「海中の女の龍」だが、これら各地の神話・神格に明確な属性法則のようなものがあるのかどうかは知らない。ただ日本において地神が明確でないのは興味深い。
インドでは龍を殺す際に使われた三叉矛はシヴァの三叉戟らしいが、以前述べたようにシヴァに付随する種々のシンボルは現在世界のあちこちでばらばらに存在している。それらのうち月(三日月)はイスラム教のシンボルで、その聖典のコーランは発音上はクルアーンで「CR-AN」であり、「天の月」と近似する。また三叉戟(三叉矛)は、現代のヨーロッパのジプシーがその巡礼を行う際に携えるといわれ、彼らは聖書に登場する「黒いサラ」を崇拝する。彼らの自称は「ROM」「ROMA」で、インドを北上した印欧語族だとみなされているらしいが、製鉄族の側面もあり、ローマ神話の製鉄神はボルケイヌス(VULCAN)だが、東ヨーロッパで狼をVOLKといい、この綴りはドイツ語では国民を意味する。ロムルス・レムルスが狼に育てられたのは言うまでもないが、これらの関連については不明である。他のシヴァのシンボルには蛇と牛があるが、つまり両者は同一のグループだとみてよかろう。インドラとシヴァは共に暴風雨神・天候神の要素を持ち同一ライン上に位置するので、両者は共に雷をその武器として持ち「金剛杵(ヴァジュラ)」と呼ばれる。またヤーウェもバールも天候神で「雲に乗る」といわれるが、スサノヲは「八雲立つ」出雲を拠点とする神である。スサノヲは海原の支配者で、秦氏のハタは古代朝鮮語のパタ=海に由来するといわれ、日本では「海神」と書いて「わたつみ」と読む。海神ポセイドンもネプチューンも三叉矛を持つが、これは海の妖怪トリトンや現在の悪魔のシンボルとしても定着している。
そしてシヴァ、というよりインドの(全てではない)神々に付随するものとして、額の第三の目がある。これは仏教のお釈迦様の額のほくろと同じで神秘・真理の象徴(またはそれを見るもの?)といえるだろうが、チベットの寺院にはそれを象徴した意匠が多いらしい。もしシヴァに付随する要素が各地に散らばった=それを崇める者たちが各地に散らばったのなら、第三の目も一緒にどこかへ行った筈であり、よく話題に挙がる「フリーメーソンの”真実の目”」はその遺宝かもしれない。

余談だが、よくいわれるように「世界(ユーラシア大陸)の西の方では龍・ドラゴンは悪なのに、東の方では善」というのがある。もっといえば東の中華思想の影響地域では、龍は天に在る神聖な神(の使い)だとみなされている、と概ねいえるはずだ。インドにおいて「水の中の龍を殺すエピソード」が龍ではなく牛を殺すことになっており、また牛崇拝が角やバール崇拝と関連がある以上「龍≒牛」と考えられるため、中華思想では龍が天に在り、またギリシャでもゼウスが牡牛の姿をとり天から降るつまり牛が天に在るというコンセプトなので、両社は共通している(※インドのその説話では「牛=アスラ」なのでやはりイランとの関連が考えられる)。つまり東の方では龍は神聖な存在で、西の方では龍が邪悪の象徴である代わりに牛が神聖な存在であると概ねいえ、だとしたら龍と牛の明確な区別・定義が必要だろうが、私には判りかねる。ちなみに英雄サムソンの説話で知られるダゴンだが、英単語の龍=DRAGONのRを母音として発音しなければダゴンである(サンスクリットでRは母音)。また古代イスラエルでヤーウェとアブラクサスへの信仰が混同していた時期もあったらしいが詳細は知らない。

■存在外の概念と既存概念内のヒント
現在の世界における「教育≒概ね共通認識である概念の定着化」において存在しない考え方や概念というのはいろいろあり、当然その中には事実が存在するが、それを時間に比例してに着々と解明していく行為というのは為されなかったし為されない。だが既存の一般的概念内にもいろいろなヒントや示唆が存在することは多々ある。
例えばインドにおいて牛は聖なる動物だが、これはアーリア人が来る以前から存在した概念かどうか疑わしい。古代においても(その最上位に位置する?)バラモンたちは、牛を食べその力を自らのものにせんとする慣習を持っていたらしい。もしその慣習が現在もあるならば、牛を殺す=屠殺する(カーストの)人々は、最大の悪(とされている行為)を犯すことを知りながら制度上それに従わざるを得ず、たとえ生まれ変わろうとその悪徳により再びそのカーストに生まれなければならないという、無限に最下層に留まり続ける思考を持ちながら生きねばならない。その輪廻転生という概念が論理的科学的に証明できなくとも、それが「事実である」とされてから数千年間、彼らは常に最下層に在る(はずだ)。結局「生まれ変わればなんとかなるさ」という思考は、イコール「社会を変えるのではなく生まれ変わってもっといい暮らしができることを願おう」と同義で、これは「人生は一度きりだし自らの子孫の為に社会を改善せねばならない」という思考の真反対である。つまり前者の「生まれ変わって改善されたい」というのは『=輪廻転生思想』である。よってインドにおいてこの概念が事実であるとされてから、その忌むべきカースト(ヴァルナ=色)制度を無くそうとする者はおらず、皆「生まれ変わればもっと良くなるかもしれない」という諦めの中で最悪の社会制度を維持してきた。それが間違いであるという概念が存在しなければ改善という発想も存在し得ない例である。
日本での例を挙げると、神社の境内に巨大な注連縄が掛かっているケースがある。ある者は「注連縄は蛇の象徴である」と述べるが、出雲大社や三輪神社には掛けてあるが伊勢神宮や宇佐八幡宮には無い。私の印象では天津神系の神社には無く国津神系の神社にあるような気がするが確証は無い。出雲大社が元々、以前述べた「日本列島における最初の層」の拠点であり、その人々が「アラハバキ=荒蛇斬=荒ぶる蛇を斬る神」を崇拝していたのなら、インドで牛を崇める者たちがその肉を食べその力を取り入れようとしたように、彼らも神が倒した強大な蛇をそこに祀り崇めたのかもしれない。もしくは伊勢神宮と宇佐八幡宮に掛けず出雲に掛けてあるのは、両者が別系統であると主張せんがためであるかもしれないが、それはもはや象徴的な意味合いでありこれらの神社は皆一つのまとまりの中に入っているのが現状のはずで、何故なら現在の出雲は最初期の勢力下にはないはずだからだ。象徴=シンボルだが、世界のどこでも自身の痕跡を抹消するという行為は誰もとらないので、例えば日本なら神紋や家紋などのシンボルの中にその痕跡を残しているケースもある。よってもし注連縄が蛇を意味するなら、それが掛かっている神社と掛かっていない神社では必ずしも信徒の考え方が異なる、とは即断できない。一目瞭然なオブジェとして巨大な注連縄が掛かっていればそれはその信徒の主張ととれるが、掛かっていなくても単に偽り隠すためかもしれないからだ。例えば巴紋は蛇をシンボライズした紋章だという説があるが、宇佐八幡宮の神紋は巴紋であり、また三種の神器の「勾玉」は巴紋と同じ形状である。また大韓民国の国旗は「二つ巴」で、赤い蛇と青い蛇がお互いの尾を噛むようなデザインだが、この二つ巴三つ巴などの複数巴紋は、グノーシスのシンボルであるウロボロスと同一コンセプトの可能性がある。また日本にはアオダイショウという蛇がいて「アオ/青」が何を意味するのか不明だが、現在の青森県=アオの森には十和田湖があり、これは「十の和田=十のワタ/ワダ/パタ/秦」だろうが、周辺には有名なキリストの墓伝説がある。インドのシヴァは「ニーラカンタ=青い喉」という異名があり、喉が青い理由として蛇に噛まれたとか蛇の毒を飲んだとかいわれるらしいが、つまり青≒蛇のことだろうか。だとすれば蛇を崇める者たちが集まっていた湖のある森を青森と名付けたのかもしれない。また沖縄の古語で蛇をヘブルというが、日本の北端と南端に同一要素が分移したというのは二重構造モデルの骨子である。このように紋章や国旗や名詞などの中にも、再考すべきヒントはいろいろ存在する。
他にもインドにおける概念に、例えば象頭の神ガネーシャがネズミを乗り物にするというのがある。ガネーシャの要素には謎が多いが、奴隷カーストの主神であり魔人=ヒドラの長である象神がなぜネズミに乗るのか。インドにおいてネズミは太陽の使いとされるが、ガネーシャは月神なので太陽の使いをその下に敷く理由を考えると二つの可能性がある。一つは「1.太陽信仰の者たちが月神側に寝返って下についた」もう一つは「2.魔人が太陽信仰の者たちを踏みつけている」である。前者であればクル族の要素・属性が釈然としないことと関連付き「=堕天した者たちは神の傍から悪の側へ堕ちた」と考えられ、後者なら「=月に負けた太陽の使いが最下層にされた」と考えられる。干支の一番目はネズミで、そうなった理由を説明した説話には「牛の頭に乗って上手く利用し自分が一番の座を横取りした」とあるが、その説話ではネズミが愚かな牛をいいように利用している。つまり呉越同舟といわれるように、この両者は基本的に相反する存在だが、付かず離れずのように共存してきたと思われる。よって私は上記の二つのうち1=悪の側に寝返ったと解釈するし、魔人がネズミを下に敷くのは、日本で仁王象が鬼を踏みつけるのと類似したコンセプトだと思う。
また前述したようにジプシーは自称を「ROM」「ROMA」というが、当然ローマ帝国もROMAと書く。日本人神学者のある著作によれば「ポンテオ・ピラトは賢人だったが、当時の堕落したイスラエル王(ヘロデ・アンティパス)と、パリサイ派に扇動されたその民衆により、やむなくイエスを磔刑に処さるを得なかった」と書かれている。また数年前のメル・ギブソン監督の映画「パッション」も全く同様の内容である。だが(少なくとも私の通った教会では)ポンテオ・ピラトこそイエス処刑の張本人だとみなされているようだ。つまり事実がどうあれ、JESUSを殺したのはローマ総督のピラトだとなっており、つまりROMAが殺したとされている(※ローマの始祖は狼に育てられた兄弟だが、イスラエル12氏族のうちベニヤミン族は狼をシンボル(トーテム?)にする)。ジプシーの言語で「神=DEVEL」だが、彼らは三叉矛を「黒いサラの巡礼」の際に携えるといわれ、そのオブジェは現在悪魔のシンボル・武器である。そしてそれを用い水の中の龍を殺す神の神話が世界各地にある。ジプシーが印欧語族で製鉄族でもあるなら、結局ヒッタイトが関係してくるように思うが、今の私にはわからない。製鉄と「一つ目」の関連はどこでも共通だろうし日本も同様だが、前述の「(フリーメーソンの)真実の目」はこちらに由来するかもしれない。

■維持か救済か
冒頭で述べたがインド三大神の職能は創造・維持・破壊である。もしこれをそのまま時系列順に並べると、ブラフマーつまりバラモンが造った地球を太陽であるヴィシュヌが維持し、それをシヴァが月から壊そうとする、となる。このコンセプトは古代からのいろいろな場所でのコンセプトと、共時性ではなく伝播性を持っている。極論すれば、共時性なんてものは「みんな偶然」と片付けることで、伝播性のように「ルーツ・原因を探って究明しよう」と思考せんとする発想とは真反対の、智を放棄した考え方である。よってこの「創造→維持→破壊」というコンセプトと、同時に「輪廻転生思想」という再生思想が基本であるインドにおいて、アーリア人/バラモンがその支配者でありみんなそこから他の場所へ伝播していったと考えるなら、現在の地球(≠世界)の主人達は今現在の社会の状態をずっと維持したいと思っていて、しかしいつかそれは破壊されるが、再び自らの手によって創造されしばらく維持されて、いつかまた壊されても再度創造され…と思っているのかもしれない。
英語の動詞「SAVE」はスペイン語では「SALVAR」で、これが「~する者」と変化すればそれぞれ「SAVIOR」「SALVADOR」になる。英単語のSAVIORは救世主と訳されるが、スペイン語のSALVARは「サルベージする」ことなので「SALVADOR=救う者」であると同時に「SALVADOR=水から救い上げる者」である。つまり以前述べた「モーセ/秦河勝/ヒルコ」と同じコンセプトだ。またSAVEもSALVARも「守る/保存する/保つ=維持する」という意味を同時に持つ。したがって、以前述べたように各言語は相関関係を持つケースがあるので、英語でもスペイン語でも「救世主/救ってくれる者」は「維持してくれる者」と同義である。つまりこれらの言語のコンセプトにおいては、今現在の社会の状態を維持してくれる者こそ救世主である、ということだ。これらの言語は元々一つの祖語でインドの言語も同じである。それらを話す人々が元々一つであり神への概念も基本的に同じだから、インドにおいて「太陽神が今の世の中つまり差別社会を維持しているのだ」という『嘘の概念』が事実化されている以上、インドから各地へ伝播したなら地球の主人達は皆その状態を維持したがっていてそれをしてくれる者を救済者だとみなしている、ということだろう。そして彼らにとってそれが誰かといえば、文字通り「水から救い上げる」という名を持つ者だろう。彼らは元々水の中にいた龍だったのかもしれないし、大洪水で全てが水没した時に海を漂ったことがあるのかもしれない。彼らが船から飛ばした鳩は何色だったろう?
私はサンスクリットや他の古代語におけるSAVEやSALVARに対応する語を知らないが、今の世界標準語では前述の通りだ。英語のLIBERTYもスペイン語のLIBERTADも「釈放/解放」の意味を持つので、結局FREEDOM足り得ない者たちは、何かしらの枷にはめられているという妄想から抜け切れないのだろう。解脱という概念は彼らにとって正に言い得て妙である。しかしヴィシュヌは実際には何もしておらず、その中に隠された色の黒い本当の太陽神に何もさせず「REMAIN」にしておくための隠れ蓑であるから、いつか本当の太陽神がRE-MAINつまり再び主になる、のかもしれない。
「誰かと比較して救われた状態にする」なら相対的救済に過ぎないが、「全ての人々を救う」なら絶対的救済である。救うというのでなく幸せにするのが主の役目だろうと私は思う。
 

⑨ 雑多な思考による雑多な仮説(その1)

■常に、そこにある道標
学問は自由足り得ないので、もし何かが明らかになってもそれを単純に積み重ねることが単純だとはいえない。よってそれを知った者が、どこかにそのモチーフを込めて何らかの作品を作ることもあるし、それらを隠喩暗喩などで著作に込めることもある。それが私のような一般人には知りえない/知ることは許されない事柄であっても、ある者は良心である者は別の意思で何らかの場所にそれを示して伝えんとすることは頻繁にある。手塚治虫の著作や「胡散臭い系の本」などには、そういう理由での彼らの何らかの発露がしばしば見られるため、有益であることが多い。全ての諸説は仮説であるので、その意味で私も如何なる情報も前提として、諸説の一つとしての仮説を自由に述べたい。

■日本における別地域間の相関性
日本において、別地域(別領域)間に相関性があると考えられるケースはいろいろある。現代の県名でいえば、熊本ー山梨、大分ー群馬、大阪ー茨城、福岡ー青森、これらの相関性は種々の共通事項により可能性は高いと思う。
まず熊本ー山梨について。熊本は古代クマソのあった地域だが、手塚治虫の「火の鳥」にはヤマトタケルのクマソ征伐をモチーフにした一編があり、その中でクマソの首長の妹はカジカという名であるが、山梨県には鰍沢(かじかざわ)という地名がある(ある者は「大昔の鰍沢には幼子をかどわかしそこに連れてきて働かせる者がいた」と言う)。また「甲斐」という語は熊本地方で元々山中での荷物運搬を担う者の呼称だったという話もあるが、これは古くからの山梨の呼称でもある。また共に馬刺し=馬を食う文化があり、馬といえば山梨は武田騎馬軍団が有名だが、これは極端な話騎馬民族と同じタイプの軍といえる。山梨には甲斐駒ヶ岳や巨摩という地名もあるが、「こま」という発音は「高麗」と同じで「駒」は騎馬武者のことだ。日本においても高麗は騎馬民族だったという説は有力(のはず)だし、発音が同じであれば何らかの関連を持つのは当然なので、山梨が高麗(=騎馬民族?)と同じ「こま」という地名を持ち、そこに騎馬軍団で知られる一大勢力があったのは偶然ではない。クマソにしても本来「コマソウ」だろうから、熊本ー山梨両者の相関性はこれらから推測できる。
大分ー群馬については、まず足利尊氏は群馬で生まれたが大分の国東で死に、そこに墓がある。その際いわゆる神武の東征のルートを逆に辿って西へ向かったようだが、詳細は不明だ。両者に高崎山があり、また群馬県からは有力な(主流派の)政治家が複数出ている。高麗(高句麗)が騎馬民族だったかはともかく群馬の「馬」が何を意味するかだが、仏教の馬頭天王との関係があるならば、例えば同じく騎馬民族であるモンゴルも馬・馬頭を崇めるので、仏教において釈迦の下に牛頭・馬頭の2者がおり高麗が騎馬民族であったならば、その両者の流れを汲む者が現在の大分・群馬にそれぞれ存在したかもしれない。
また大阪ー茨城は、以前も述べたが、百済系(?)の勢力が大阪から茨城へ移動した経緯があり、鹿島神宮も同様に遷移してきたという説がある。「佐竹氏」は常陸の大名として有名だがこれも元々大阪の一族である。また利根川を「坂東太郎」と呼ぶことは知られるが、この言葉は近畿地方でも別の何らかを指す言葉である(それが何かは失念)。それに福岡ー青森は、棟方や太宰という姓の人物が青森から出たが、福岡には同名の大神社がある。(※博多の町の東端に川が流れていて「千鳥橋」という橋が掛かっておりそれを渡ると千代町であるが、「千の鳥=鶴」である)
上記に述べたいくつかの別地域間の相関性については、特定の姓(苗字)が多く両者に存在することも、関連を推測できる理由である。

■重なり合う別概念の航海
キリスト教のいわゆる異端の一つであるネストリウス派は、古代中国の秦帝国に伝わり、そこで「景教」と呼ばれ盛んだったことが知られている。その際「大秦景教流行碑」という碑が建てられたのは有名で、これは日本の高校でも習う話だ。また古代日本に秦氏と呼ばれる強力な部族が存在したことも有名で、これは秦帝国の残党が朝鮮半島へ移動し、そこから応神天皇に招かれて日本に渡来したと言われる。その際の彼らのリーダーが「弓月の君」で、彼らはその恩として、八幡神社を各地に建て応神天皇をその祭神にしたといわれる。また、日本の全ての神社の8割は彼らに由来するとも言われる。(※言うまでもなく弓月=三日月)
埴原和郎の二重構造モデルは、南方系モンゴロイドが東南アジアから北上しそこから日本に渡来、その後北方系モンゴロイドが同様に渡来したとする。「呉越同舟」という言葉があるがこれはそれぞれ古代中国の地方国名であり、「越」は現在のベトナム地域をも指し(ベトナム=越南)、日本では「越=加賀地方」を指す。また、「呉」は現在の広島県にある町だが「くれ」と読み、「GO」はサンスクリットで牛の意味である。では日本における越の国つまり加賀だが、ここには白山と白山比咩(しらやまひめ)神社があり白山神社の総本社だ。この地方は一向宗の支配した地域だが、一向宗つまり浄土真宗は下層民の支持を受けた(もしくは下層民を支持した)宗派で、その勢力地に白山信仰(神社)の総本社が鎮守するのは自然である。その町名は元々「鶴来町」で、やはり「鶴」の字がつく。また「加賀=カガ」だが、日本の古語で蛇を「カガ・カカ・ハハ」といい、シラヤマヒメ自身も女性である。広島県には古代に秦王国があったといわれるが、秦氏の出自が判然としなくとも、古代中国の秦帝国の要素やその地で盛んだったネストリウス派キリスト教=景教の影響を日本に持ち込んだことは疑い無いし、これに関してはずっと昔から多くの者が指摘する通りだ。
では「呉越同舟」が「犬猿の仲の両者が同じ船に乗る」ことを意味し、つまり呉と越が本来対立するのであれば、その両者が付かず離れずの関係を維持し続けるのは何故か。浄土真宗とキリスト教の関連、いやむしろ共通性は、日本においては頻繁に語られる(ようだ)。それは浄土真宗が「念ずれば誰でも浄土へ行ける」、キリスト教が「聖書と神を信じれば誰でも救われる」という、共通したコンセプトを持つからだとある者は言う。日本では「誰でも=どんな身分でも」という意味だろう。私の考えでは、これはある意味「信仰の強制」で、逆に言えば「念じなければ浄土へ行けない/信じなければ救われない」と同意なので、つまりガネーシャの「信仰を怠ると災いがある」と同意だと思う。もっと言えば、そもそも「浄土へ行く/天国へ行く」も、前者が「=解脱」後者が「=永遠の命」ならば、グノーシス的な梵我一如と同一コンセプトでないかと思う。結局「成仏=仏になる=覚者になる」「永遠の命=神同様に永遠に生きる力を得る」というコンセプトなら、この考え方は実際には最も自力本願的であって、よって南伝仏教的で、それならば二重構造モデルにおける南方系モンゴロイドがそれを持ったまま北上しその後日本に渡来して、新羅仏教としてまずは国東に影響を及ぼした、と考えられる。ゆえに国東には「光は東方より」に由来する東光教があり、つまり「東から来た光が自分たちをそのまま西の方向へ連れて行ってくれる」と考え、西方浄土というコンセプトを作ったのかもしれない。
そして少なくとも日本においては、越つまり奴隷カーストと呉つまり支配カースト、もちろんそれはインドのカーストに当てはめての呼称であるが、これが「かごめかごめ」の歌詞に出てくる「鶴と亀」である。イスラエル六芒星をカゴメ紋と呼ぶが、スペイン北部のバスク地方の名産は「籠」で、ある者はインドから航海した人々がそこを勢力地にしたと言うが、ロシア南部の黒海つまり黒い海の東岸のグルジアも同様に彼らの勢力地であったと言う。以前述べたようにグルジアはキリスト教国ながら旧国旗には三日月が描かれ、(その近隣の?)クルジャという国は弓月国と書かれた。10進数なら 1→10→100→1000→10000 となるが、10=十=JEW、100=百=百歳(ひゃくさい)=百済、1000=千=千歳・千代=鶴、10000=万=万歳・万代・万世=亀、である。イスラエル族は12の支族によって成り立つはずだが、では他の2つはどこへ行ったのか。本来13の支族により成っているはずなのにそれを12にした理由は私には不明である。

■忌むべき武神の末裔
仏教でインドラは帝釈天であるが、釋提桓因/帝釈天桓因ともいう。釋は釈と同義、提桓因は天主の意というが、堤は菩提の一字である。現在の朝鮮では「壇君朝鮮」という神話上の最初の王朝について教育しているらしく、壇君は壇君桓因といい桓因は帝釈天桓因つまりインドラだという。「桓」という字に理由・ルーツを意味する「因」を付けて「桓因」、つまり「桓のルーツ」ということだろう。「壇=ダン」だが日本の低カーストの尊崇の対象かもしれない。インドラは武神で、インドラに捧げられたヴェーダ内の賛歌を見ると、ある種狂信的な崇拝が感じられる。その後インドラは唾棄され罵られるようになり存在は地に堕ちるが、武神つまり将軍インドラ=帝釈天桓因は現在朝鮮でその祖として皆に崇拝を求めているようだ。北朝鮮の指導者の名である「日成」は「太陽に成る」、「正日」は「正しい太陽」の意といわれ、日と書いてイルと読むが、イランとイラクはIRAN、IRAQと書き双方「IR」と付く。モンゴル帝国が分裂すると当域は「イル-khan」国の統治下になったが、もし「IR=イル=日」で「AN=天神」「AQ=水(神)」ならば、日本語で太陽が出ている時間をヒルといい、HIRUと書いても言語によってはHを発音せずにイルと読むので「イラン=IRAN=IR+AN=天の太陽」になる。であればもう一つの悪の枢軸である北朝鮮の指導者の名に「太陽」という字がついても不思議は無いし、自らの存在を逆だと欺くのは彼らにとって基本である。一般的に「IRAN」はアーリアンに由来しそれは更に「アールヤ=輝く」に由来するというが、言語の相関関係と何者かによる作為の存在を考慮すれば、上述の内容も一考すべきである。加えて赤い旗をシンボルにする平氏は桓武平氏といい桓武は「桓の武」と書くが、その都の平安京にも「平」の字がつき、太平と書けばタタラと読める。平氏が厳島神社に奉じたスズキという魚は、「鱸=魚へんにタタラ」である。

■神の隠し子の島?
イタリア南部のシチリア島はシチリアマフィアで知られるが、彼らはそれを「COSA NOSTRA=私達のもの」と呼ぶといわれる。シチリア島は元々アスクレピオスを信仰するギリシャ人の入植地だったらしい。現代になって、古代ローマで製作された「アスクレピオスの(子供時代の?)像」を見たある者が、それを「イエス・キリストの像と同じである」と述べたらしい。現代キリスト教の隆盛はパウロの功績だといわれ、元々パリサイ派としてイエスを迫害する立場だったパウロが改心後、その教義を独自に変容させ実際に即した形に修正した結果、キリスト教の普及が加速したといわれる。パウロはその伝道の過程で地中海を航海中にシチリア島沖で遭難しており、その後再び伝道を続けるが、おそらくシチリア島民に救出されたはずだ。ではその人々の信仰する神アスクレピオスの像と、イエスの像が同じであるなら、その島を「私達のもの」と呼ぶのはどういう理由であるか。シチリアマフィアは大変熱心なキリスト教信者であるらしく、アスクレピオスは医療の神で、古代ギリシャでも蛇は医療のシンボルである。そしてパウロは「海から救われた」。「ダ・ヴィンチ・コード」のような事実がもしかしたら存在するのかもしれない。
 

⑩ 雑多な思考による雑多な仮説(その2)

■迷える子羊
キリスト教において「迷える子羊」とは信徒のことを指すが、この「羊」はダビデが牧童であったためだと思われる。更に遡ると、インドのクリシュナが牛飼いだったことが、このモチーフの源だったと思われる。
「さかなへんにヒツジ」なら、朝鮮の『鮮』である。日本の神で朝鮮と関わりが深いのはスサノヲだが、これはヨーロッパの神ではヴォータンやオーディンと対応するといわれ、英単語のWATERはヴォータンに由来する。また日本書紀にも「スサノヲ=海原の支配者」と書かれており、これらの神格が水や海の属性を持つことは疑いない。日本でスサノヲを崇拝するのが渡来人系の人々なら、その祖国の朝鮮という語の『鮮』の字が、さかなへんに羊、つまり「海の中の羊」であるのは何故か。スサノヲを主神とする人々が自らを迷える子羊とみなし、スサノヲが海の神であるから「さかなへんにヒツジ」という文字を自国の呼び名にしたのかもしれない。では古代から朝鮮とユダヤ教・キリスト教の繋がりがあったのかということだが、これまで述べた通り日本において秦氏などのユダヤ系の人々が古代から居住し、秦氏のルーツは朝鮮であるから、関係はあったはずである。京都の祇園神社を建立したのは高麗氏といわれ、祇園神社は日本のスサノヲ崇拝の拠点であるから、古代から日本=海の中にある国に「迷える子羊=鮮の人々」は来ていただろう。ユダヤ人が自らを「水から救い上げられる者」と発想することは以前述べたが、だからこそ自らを「海の中の迷える子羊=鮮」と名乗ったのだと思う。
日本では赤ん坊が生まれると産湯につけるが、これは一旦水につけるというバプテストの影響である。水につけるという行為の意味だが、秦河勝やモーセの名が「水から救い上げられた者」という意味を持つので、それと同じに一旦水につけて救い上げる、ということだ。「赤=AQUA」なので、水につけることから赤ん坊と呼ばれるようになったのだろう。
日本神話でアマテラスはイザナギの左目から産まれ、スサノヲは鼻からツクヨミは右目から産まれる。アマテラスは別名を瀬織津姫(セオリツヒメ)といい、これはSEOUL(韓国の首都のソウル)のことだという。太陽神が女性なのは極めて珍しいが、日本でも太陽神は元々男神だったという。日本・南韓国・北朝鮮がそれぞれ3神のどれに対応するかだが、南韓国の首都がアマテラスの名を冠し、北朝鮮がスサノヲだとすると、日本はツクヨミになってしまう。日本は「日の本の国」を称しながら実際には月神の統治する国なのだろうか。太陽神が最高の存在なのはどこでも同じだから、実際には日本は太陽女神アマテラス=南韓国の影響下にあるということだろうか。太陽神が明確な男神でなく、神話上こんがらがって3神が成り立っているのは、日本の最大の不幸だろう。これら3神が産まれるのも、イザナギが川で行った誓約(うけい)からなので、生の誕生と水との関連が見られる。

■二匹の獣
古代イスラエル王国が南北に分かれ、北の10支族はどこかへ消えてしまい、南の2部族がバビロン捕囚の後に祖国へ戻った。南は南朝ユダ王国であるが、元々ヘブル人とかイスラエル人と呼ばれていた彼らが「ユダヤ人」と呼ばれるようになったのは、ユダ王国の名称が元だろう。旧約聖書創世記第49章には各支族の紹介文が書かれているが、その中で最大の賛辞が送られているのはユダ族である。南朝ユダ王国はユダ族とベニヤミン族によって成るが、その両者の紹介文は全く対照的だ。ユダ族にはこれ以上ないほどの賛辞が送られ、一方ベニヤミン族には最低限のとってつけたような紹介しかない。イスラエル12支族がシンボルにするもののうち、最も強い生き物はユダ族とベニヤミン族のそれで、それぞれライオンと狼をシンボルにする。しかし創世記第49章でベニヤミン族は「のけ者」に等しい扱いがなされている。私は古代イスラエル王国が南北に分裂した理由やその背景などを全く知らない。しかしそのシンボルが南朝2支族は最も強い獣であるのを考えると、いわば「ライオンvs狼」のような構図があったのかな、と思う。その結果ユダ族が勝ちベニヤミン族が負けたので、創世記第49章のような紹介文になり、彼らを指す言葉として「ユダヤ」という語が一般的になったのではないだろうか。イエスを裏切るのもユダという名の人物だから、ユダ・ユダヤという言葉がその時既にマイナスイメージを持っていたことが推測される。
日本には動物をシンボルとする神社として稲荷神社があり、これは狐であるが、元は狼だったのかもしれない。聖書に「ダンは獅子の子」と書かれダンが弾左衛門だとすると、獅子(ライオン)・狼の南2支族に加えて、その配下(?)のダン族も日本に居住していたということになる。獅子は高麗犬であるから、獅子=ユダ族と敵対する、もっというと北朝鮮と敵対するのは、ベニヤミン族の子孫かもしれない。手塚治虫の「火の鳥」最終章「太陽編」で、日本古来の民族として登場するのは、太陽崇拝をもち狼をトーテムとする部族である。

■契約と約束
旧約聖書・新約聖書の「約」というのは「契約」の約だというのは知られている。それはユダヤ人と神との契約を表すという。英語ではTESTAMENTだ。しかし単純な「約束」という語、英語ではPROMISEであるが、これを語源とする神がいる。それはプロメテウスで、神から火を盗み人々に与えたといわれる。彼はその罪により、岩場に鎖で繋がれて鳥に内臓をついばまれ、それが繰り返し繰り返し行われるという、永遠に続く苦痛を罰として受けた。このモチーフがゾロアスター教の鳥葬からきていることは明らかだ。人々に与えられた火は、ゾロアスター教が拝火教であることと通じている。この神プロメテウスの名は、単純な「約束」であるPROMISEからきている。一体古代の人々は、何を「約束」したのだろうか。グノーシスの末裔たる人々については、また稿を改めて述べたい。
ゾロアスター教が一神教の元祖だという意見を目にしたことがあるが、これは明らかに違うだろう。アフラ・マズダとアーリマンの両者が共に揃って初めて成り立つ「善悪2神教」であり、どちらかが欠けても成り立たない。例えば一神教の例としてのユダヤ教だが、これはヤーウェのみが神であり、それを邪魔する障碍として悪魔が現れる。一神教では、神は一人だけで、それ以外の悪魔などはただの障碍に過ぎない。つまりそれがいなくても成り立つ。一方ゾロアスター教は、どちらかが欠けても成り立たない。よって善悪2神教と呼べる。
 

⑪ 太陽を否定する者

■アスラとユダヤ人
古代のインドにおいて、十六大国時代と呼ばれた時代があり、それぞれが太陽崇拝と月崇拝に分かれて争っていた、というのは以前述べた。それぞれどの国がどちらだったのか、ということは明白になっていないようだ。しかしインドにやって来た(というのが定説になっている)アーリア人が月信仰だったのは疑いない。それはシヴァがソーマナータ=月の王という異名を持っていることや、ソーマ酒を飲む慣習があったこと等から明白である。しかしここで一つ強調したいことは、月信仰にも二種類あったということだ。一つは純粋に月を崇拝する立場であるが、もう一つは反太陽信仰からの月信仰という立場である。前者はアーリア人であり、後者はクル族ではないかと私は思う。
クルという国は現在のカシミール辺りに存在したと思われ、CRESCENT(三日月)の語源になったことからも月信仰側なのは明白であるが、彼らこそがアスラだったのではないか。アスラという語はアフラ・マズダーのアフラが変化したという定説が出来上がっているが、ASURAという綴りは、SURAに否定のAが付いた形である。SURAは太陽だから、それに否定のAが付けば「反太陽・太陽を否定する者」という意味になる。それ故に三日月をシンボルにしたのではないか。つまり純粋な月信仰ではないと思われる。そして牛の角はその形が三日月に似ているので、(三日)月信仰と角(牛)信仰は同居しているケースが多い。よって牛を崇拝するアーリア人が三日月信仰を持っていたのであり、彼らのそれは純粋な月信仰だったと思われる。まとめると、クル族がアスラであり、反太陽から三日月をシンボルにしていた。アーリア人は牛を崇拝するので角の形と似ている三日月を崇拝していた。いつの間にかそれが混同されて、両者を同一だとする誤解が生まれた。
クル族がカシミールを拠点とするのであれば、肌の色は白かったはずだ。カシミールはユダヤ人の痕跡があると言われ、イエスの遠征伝説もある。ユダヤ人というのは要するに肌の色が白い排外的な民族であるので、彼らが色の黒いインドの土着の人々を蔑み、太陽信仰に反旗を翻し、三日月をシンボルにして戦いを挑んだ、というのが真相だろう。
ユダヤ人の行う「過ぎ越しの祭」があるが、これはニワトリの頭を切って軒先にぶら下げる。これはニワトリが太陽の到来を告げる鳥であり太陽信仰のある意味シンボルであるから、その首を切って軒先にぶら下げるという、ある意味悪魔崇拝的な発想からだろう。彼らはその切り落とした首を自らの崇拝する邪神アブラクサスの頭部にして悦に入っているのだ。正に「太陽を否定する者」である。結局インドのアスラはクル族でありユダヤ人でもある、と結論づけてよかろう。

■シヴァの女王
サンスクリットにおいて、語尾がAで終わるものは男性名詞、Iで終わるものは女性名詞のはずである。それはDEVAが男神を意味し、DEVIが女神を意味することから確かだと思われる。実際、神の名前を列挙すればそれが事実だとわかる。クリシュナ、シヴァ、ブラフマー、ラーマ、ガネーシャ、スカンダ、カールティケーヤ、インドラ、バララーマ等、男神はみな語尾がAで終わっている。またサラスヴァティー、パールバティー、サティー、ラクシュミー、カーリー、ミーナークーシー等、女神はみな語尾がIで終わっている。
よってここで疑問を呈したいが、多くの神が持っている「異名」であるが、これが男性名詞と女性名詞の法則に則っていないケースが多々見られる。例えばシヴァの異名にはソーマナータやパシュパティがあるが、前者はAで終わるのに対し後者はIで終わっている。またパールバティーの異名にはウマーがあるが、これはAで終わっている。こういう基本法則を無視した異名が数多く存在するので、サンスクリットで男性名詞と女性名詞の厳密な区分は行われていないようだ。しかしこれらが全て混同によるものであり、元々は男性と女性の区分があったとしたら、どうだろうか。特にシヴァのパシュパティは「獣の王」という意味であるが、語尾がIで終わるため女性名詞であるとすると、その意味は「獣の女王」ということになり、であれば「獣の女王シヴァ=シヴァの女王」ということになる。
古くからシヴァの女王はどこにいたのかということが議論され、インドのシヴァ神がその候補に挙がることもあったといい、シヴァが男神だから当てはまらないと結論付けられてきたようだが、パシュパティが「シヴァの女王」を意味するなら、これに関しては再考の余地があるといえる。またシヴァは体に火葬場の灰を塗っているが、以前述べたように塗らなかったらその肌は白いのかもしれない。そして体に灰を塗っている女であれば、これは「灰かぶり」であるから、つまりシンデレラである。シンデレラの説話は多数のパターンと類型があるが、元はシヴァの女王を表したものかもしれない。

■サタンとは何か
インドの神には、語尾がAとI以外で終わるものもある。例えばヴィシュヌはUで終わるし、ハヌマーンはNで終わる。私はこれらも、パターン化できると思う。ヴィシュヌがUで終わるのは、マヌ法典のマヌつまり最初の人が同様にUで終わるので「根本原理」を表すと思う。またハヌマーンは猿の神であるから人間ではなく、選民思想の代表であるバラモンもNで終わるので、これは「人間ではない」ものが語尾Nで終わると思う。
SとHは入れ替わるが、秦氏のHATAも場所によってはSATAになるはずである。それに「人間ではない」語尾Nが付けば、SATANつまりサタンである。秦氏のルーツがどこにあるか、その痕跡がインドにあるのか、明白ではないが、彼らがユダヤ人であるならば、それがサタンであるから、冒頭に述べた「太陽を否定する者」が正に悪魔であると集約できるのである。
 

⑫ 海洋民族と三叉戟

■秦河勝という名前について
「秦河勝」という名前が、モーセと同じで、「海から掬われた者/拾われた者」を意味するというのは、よく知られている。この意味だが、こういうことだろう。まず「ハタ」は古代朝鮮語で「海」を意味し、「カワ」は現代日本語の「カラ」と同じで「from」の意味、「勝」は文字通りvictoryもしくはsaveの意味で「救う」「掬い上げる」を意味すると思われる。つまり「秦河勝」で「海から掬い上げる」という意味になる。
モーセは生まれた時、葦の葉の船に乗せられて海に流され、エジプトで紅海から拾われたのでこの名が付いたが、秦河勝が同じ意味の名を持っている。そもそも「救われる」というのが何から救われるかだが、ユダヤ人が自らを苦難の歴史の民族だと“自称”し、常にそこからの救いを求めているとされていること、またその姓に「海」という意味の字を冠していることからもわかる通り基本的に海洋民族だったユダヤ人=秦氏が、海から掬い上げられるという発想を持っていること、この両者から、「救う」「掬い上げる」という名前になったものと思われる。

■天皇とミカド
福井県勝山市から、新嘗祭の際に稲穂が献上された。その際、神主の役を務めたのは「門(かど)」という姓の人物であったが、カドという言葉に尊称のミを付ければミカドである。おそらくこの門という家が、古代のミカドだったのではないか。現在の天皇家がいつから日本の支配層になったかは、以前述べた文章の通り、第二層の秦氏が日本を制圧し、その後第三層の天皇家が渡来してからだと思うが、それ以前に日本列島を統治していた第一層の支配層が、ミカドだったのではないかと思われる。おそらく、海洋的要素の希薄だった第一層の日本列島をミカドが支配しており、そこに海洋民族のユダヤ系民族=秦氏・天皇家が渡来し、そこで抗争が起こり、負けたミカド側が現在の福井県に流され、稲穂を献上する役割を担わされたものと思われる。
海洋的要素に関して言うと、一番大きな違いは「船を使うか」「どのように漁をするか」だろう。第一層の日本人は、船で外洋に出る文化ではなかったと思われる。彼らが漁をどのようにしていたかだが、銛(もり)を使って魚を突き刺すという、いわゆる海人(あま)型の原始的な漁だったろう。クジラ漁も元来銛で刺して捕るやり方だが、同じく第一層の文化に属すると思う。
では海洋民族はどうかというと、当然船に乗って外洋に出て、漁にも船を使う。地引網を使って魚を捕るという漁のやり方は、明らかに海洋民族のものだ。ユダヤ人は砂漠を放浪したとかシルクロードで交易をしたとか、陸地を移動するイメージで捉えられることが非常に多いが、実際には海洋民族で、そもそもカナンは海のほとりである。ペリシテ人が海洋民族でユダヤ人とは対立していたと言われているので、その海洋性が大きく取り上げられることがないが、実際にはユダヤ人は海洋民族である。ソロモン王の時代に「ソロモンの栄華」を支えたのはその大船団で、現在の太平洋のソロモン諸島もその時代にユダヤ人が来ていたからその名が付いたと言われている。日本における彼らの主神とも言えるスサノヲも、その職能は「海原の支配者」である。

この「海洋性」だが、古代の歴史を考える上で最も重要な要素で、古代民族にどれだけの航海技術があったか、それを認めるか否かで解釈は大きく変わる。一般的に古代民族にはそれほどの航海技術はなかったと考える向きがあるようだが、それこそが「歴史を解明されたくない者」の情報操作が多分に加わっていると言えるだろう。実際には古代から航海技術は非常に進んでいたと考えるべきで、実際古代エジプトの遺跡からは巨大な構造船の遺構が見つかっているし、日本の大阪からもエジプト船の遺物が発見されている。「歴史を解明されたくない者」とは取りも直さずユダヤ人のことであるが、彼らが自らが海洋民族であったことを隠し、古代の航海技術の高度な発達を隠していることが、世界の歴史の全体像を見えなくしている一番の要因である。

新嘗祭は謎の儀式と呼ばれ、稲穂を献上する風習もその理由ははっきりしていない。もし古代に稲作民と非稲作民の抗争があり、それが秦氏・天皇家=第二層・第三層と第一層の抗争であったならば、よく言われるように「弥生人が船で稲作と差別を持ち込んだ」とすると、前者が海洋民族で稲作を持ち込んだ弥生人だということになる。新嘗祭がこの両者の戦いの勝敗によって成立した儀式であるならば、ミカド側は稲作民たる天皇家に、敗者の証として稲穂を献上しているのではないだろうか。

■銛と三叉戟
日本において第一層が非海洋民族で、漁の際には銛を使っていた、と述べた。もっと言うと、この「銛」というのは「三叉戟」である。私は地球の文明を汎世界的に考えたいので、日本において第一層があったならば、世界的にも同じように第一層的な文明が広がっていたと考えたい。それが日本において海洋民族の襲来と支配によって取って代わられたならば、世界的にも同じような抗争と支配被支配の動きがあったはずである。
インドにおいてカーリー/ドゥルガーが牛の姿をしたアスラを三叉戟で殺すという神話があるが、これは氾世界的に同じ形式の神話が広がっている。牛の角は三日月の形をしており、三日月はクルで、クルは龍なので、つまり「水の中の龍を(太陽)神が三叉戟で刺し殺す神話」である。これはメソポタミアにも、バビロニアにも、アフリカにもヨーロッパにも、果ては朝鮮半島や新大陸にまで存在する神話型である。これが日本における第一層と海洋民族の抗争と同じく「古層と侵略者との戦い」を表した神話であったとしたら、古代の世界には汎世界的に同一の文明層が広がっていて、どこでも海洋民族との戦いが起こったのだ、と考えられる。
インドにおいてカーリー/ドゥルガーは色の黒い神であり、土着信仰に基づく神だと思われ、太陽信仰側に属する神格である。それが三叉戟を使って牛の姿をしたアスラを殺すのは、月信仰側の勢力を倒したという比喩である。汎世界的にその神話があるのは、古代に世界規模で太陽信仰と月信仰の戦いがあったことを示している。水の中の龍を殺す際(太陽)神が三叉戟を使うのは、彼らが漁の際に銛つまり三叉戟を使うことの比喩、龍とは海洋民族の乗った船を意味する比喩だろう。三叉戟はその「海」「漁」という最も対照的な両者の要素を端的に表すシンボルとして、ここでは現れている。
龍はクルだから当然三日月で、以前述べた文章のクル族とも関連があり、これがユダヤ人なら、まさに海洋民族たるユダヤ人が汎世界的に古層つまり太陽信仰の人々と戦いになったことを意味する。龍は邪悪の象徴だから、ユダヤ人が悪魔であることの象徴でもある。太陽信仰と月信仰の争いが、古代まで遡ることの証左として、「水の中の龍を(太陽)神が三叉戟で刺し殺す神話」は汎世界的に広がっているのだ。

■尊称の“ミ”
尊称には色々あるが、その中でも「ミ」という尊称は、太陽信仰側のものだった可能性が高い。そのルーツはインドにあると思われる。例えば太陽はスーリヤであるが、SURYAに尊称のミを付けるとミスラになる。また日本において一戸~九戸までの地名は東北地方に存在するが、これがユダヤ人のコロニーだとすると、十支族でありながら十番目が無い。以前述べたように「戸」は戸来村や戸隠村に付く漢字で、ヘブライを表す可能性があるが、十番目が無いのは不自然である。もし尊称のミがそれに付いて「ミ戸」ならば、茨城県には水戸という地名がある。利根川という名称は、もし根の国というのが千葉県を表すのであったならば、戸と根を区切る川であるから戸根川となり、そこから利根川になった可能性がある。
ミスラはミトラであるが、そこから来たミトラス教が12月25日にその冬至の祭りをしていたことからクリスマスの行事が生まれたことは知られている。キリスト教が本来太陽信仰側の宗教なのは自明であるが、それが尊称のミと結びついているのは決して偶然ではあるまい。